能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 日本語

あらすじ

 旅の僧(ワキ)が津国(つのくに)芦屋(あしや)の里(兵庫県)を訪れ、里の男(アイ)に宿を願います。男は僧に川から化け物が現れると忠告するも、川の側の御堂(みどう)に泊まるように勧めます。夜になり、小舟に乗った男(前シテ)が御堂に近づいてきます。僧が素性を尋ねると、男は昔、源頼政(みなもとのよりまさ)の矢に当たり死んだ鵺の亡心(ぼうしん)であると答え、その有り様を詳しく語り始めます。

 近衛院(このえのいん)の時代、(うし)の刻に(とう)三条(さんじょう)の森の方から黒雲が現れ、宮中の御殿の上に立ち込めると、院が必ず病になって苦しみ始めます。そこで源頼政が選ばれて、この怪異に立ち向かうことになりました。頼政は家来の()(はや)()(隼太)を連れて御殿の大床(おおゆか)(ひさし)の外側の吹き抜け)で待ち受けていると、黒雲の中に(あや)しい姿が見えます。頼政が矢を放つと手ごたえがあり、落下したところを早太がとどめを刺しました。火を灯してよく見ると、(かしら)は猿、尾は(くちなわ)、手足は虎の姿をした恐ろしい化け物でした。語り終えると鵺の亡心は恐ろしい鳴き声を響かせ、夜の波間に浮き沈みしながら姿を消しました。

 里の男に供養を勧められた僧が経をあげると、鵺の霊(後シテ)が恐ろしい姿で現れます。鵺は矢に当たって崩れるように空から落ちたことや、鵺を退治した頼政が剣を(たまわ)ったことを仕方話(しかたばなし)に語ります。頼政は名を上げ、自分はうつお舟に押し込められて、淀川に流され、ついに芦屋の浮洲(うきす)に流れ着き、そのまま朽ちていったと述べ、月影と共に暗い海へ消え失せてしまいました。

見どころ

 作者は世阿弥。素材となった『平家物語』では、鵺退治は源頼政(みなもとのよりまさ)手柄話(てがらばなし)となっていますが、能では殺された鵺に焦点を当て、敗者の悲哀を描いています。鵺は、頭は猿、尾は(くちなわ)、足手は虎、鳴き声は古来より不吉とされた鳥トラツグミに似ているという化け物。仏法と王法に(わざわ)いをなす存在とされます。

 前半の見どころは、男の(あや)しい風体と謡です。また最初は座っていますが、その後の所作を伴って語られる鵺退治の場面では、謡に即した所作が連続します。

 後半の見どころは、鵺の霊が語り舞う、自らが殺された物語の場面。鵺の霊は、鵺自身の視点と頼政の視点の両方を演じ分けます。頼政が空中の鵺に向かって「ひょうど」と矢を放ったり、褒美の剣を(たまわ)る動きなどを見せます。一方、鵺の視点で、射殺された後に押し込められたうつお舟が淀川を流れていく様子を「(なが)(あし)」という独特の足遣いで表現します。

 悪心を抱き権力に害をなした鵺は、()(かい)もないうつお舟に閉じ込められて流され、打ち捨てられて暗闇の中で誰にも(かえり)みられることなく朽ちていきました。だからこそ、闇夜を照らす月の光に救いを求めて現れるのではないでしょうか。