能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 鉢木 日本語

あらすじ

 諸国を修行して回る旅僧(ワキ)が道中で大雪にあい、上野(こうずけ)の国(現在の群馬県)・佐野で一夜の宿を求めます。立ち寄った家の主人佐野源左衛門常世(さのげんざえもんつねよ)(シテ)は、貧しく粗末な家であることを理由に一度は断りますが、妻(ツレ)のとりなしにより宿を貸すことに決めます。家に招き入れたものの、貧しい常世は旅僧を十分にもてなせません。そこで常世は大事にしていた梅・桜・松の鉢木(盆栽)を薪にくべてもてなします。

 常世が貧しいのは、領地を横領されていたからでした。主人の最明寺(さいみょうじ)北条(ほうじょう)時頼(ときより)は修行に出てしまい、訴訟もかないません。それでも常世は「鎌倉で有事の際には一番に()せ参じ、討ち死にする覚悟である」と武士の気概(きがい)を語ります。やがて旅僧は名残を惜しみつつ旅立ちます。

 鎌倉では、時頼が修行の旅から戻り、関東一円の武士たちを鎌倉へ集めるよう命じました。急ぎ鎌倉へと向かう武士たち。常世もみすぼらしい身なりで鎌倉へ向かいます。到着した常世は、突然時頼から呼び出されます。実は時頼こそあの旅僧だったのです。時頼は言葉どおりに駆け付けた常世を(たた)え、元の領地を返し与えます。さらに火にくべた鉢木の礼として、梅・桜・松の名にちなむ三か所の領地を新しく与えます。常世は喜び勇んで、故郷へと帰っていくのでした。

見どころ

 〈鉢木〉は鎌倉武士の美談を描いた人気曲、人情物の名作です。能といえば「幽玄」というイメージが第一で、抽象的なものとされるのが一般的ですが、そうしたものとは対極に位置するのが〈鉢木〉です。具体的かつ劇的な内容をもち、能のなかでも演劇的要素が多く含まれている作品といえます。

 前半の舞台は佐野。シテの登場第一声「ああ降ったる雪かな」は大雪の情景のみならず、零落してもなお品格を保つ世の武士の(たたず)まいが表現されます。常世は白楽天(はくらくてん)の詩や藤原定家の歌などを口ずさむなど、古典の素養豊かな人物としても造型されています。そのような文化人としての心も持つ常世が唯一、大事に持っていた鉢木(盆栽)を一夜の宿をもとめた旅僧のために薪にくべる。この一連のくだりは「薪ノ段(たきぎのだん)」と呼ばれる名場面で作品の中心となるところです。なお、鉢木とは盆栽のことですが、舞台でも鉢木の作り物(舞台装置)が出されます。

 後半は舞台が鎌倉に移ります。ここでは前半に登場したワキの旅僧が最明寺(北条)時頼となって現れます。このようにワキが後半に姿を変えて出てくるのは珍しい例です。〈鉢木〉のワキは前半後半ともに見せ場があります。特に後半の時頼は最高権力者としての貫録と格調の高さが求められる難しい役といえます。〈鉢木〉はシテ・ワキともに実力の問われる難曲でもあるのです。