能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 日本語

あらすじ

 季節は春。都の五条あたりに住む藤原何某(なにがし)(ワキ)は、従者(ワキツレ)を連れて(なに)()()(古代の大阪湾)を訪れます。藤原は難波津の風景を見て、『(まん)(よう)(しゅう)』の時代の歌人、大伴家持(おおとものやかもち)の「桜花(さくらばな)今盛りなり難波の海おし照る宮に()こし召すなへ(桜が満開の今、難波の海に輝く宮殿におられる天皇の治世はますます栄えていく)」という和歌を口ずさみます。すると里の女(前シテ)が「どうして本当の歌を詠わないのか」と声を掛けてきました。女は、この歌に詠まれる「桜花」は実は「梅花」であると言い、そのわけを説明します。女の言葉に納得した藤原は、さらに和歌の(ことわり)を聞かせるように頼みます。女は月が出る頃に現れようと言い残し、梅の木蔭に姿を消しました。

 難波の里の男(アイ)が現れ、藤原に難波津の梅の由来を語り、さらなる奇特を待つように促して立ち去ります。月が難波津を照らす、ゆったりとした夜。梅の精(後シテ)が現れます。精は、梅が「うま(立派である、優れている)」が訛って「うめ」と呼ばれたこと、神代から神事・仏事や宮中の様々な行事に梅が用いられていることを語り舞い、さらにしっとりと優美な舞を見せます。やがて夜が明け初め、精は御代の久しい繁栄を寿ぐのでした。

見どころ

 能「梅」は江戸時代に成立した作品です。作者は十五世(かん)()()(ゆう)・観世(もと)(あきら)(1722-74)。元章は「(めい)()改正謡本(通称、明和本)」を刊行したことで知られ、「梅」はその際に作られ明和本に収められました。元章は明和本によって観世流の能の詞章(言葉)を大幅に改め、さらに演技演出・(しょう)(ぞく)(ふし)(つけ)(つく)(もの)(舞台装置)などの改革も実行しました。元章の没後、元章以前のものに戻された例も多くありますが、元章の改革は現在の観世流の演出に多くの影響を与えています。

 「梅」の詞章には(こく)(がく)が色濃く投影されています。国学とは江戸時代中期に興隆した学問で、『()()()』『万葉集』などの古典を日本固有の文化として解き明かそうとしたものです。「梅」には、国学に傾倒していた()(やす)(むね)(たけ)(徳川(よし)(むね)の次男)の学説が反映しているとの指摘もあります。前半の見どころは、その国学の考え方に基づく歌の解釈を前シテの女が述べていくところです。梅の精の化身自身が「桜花」を「梅花」に読み替えていく姿には、凛とした芯の強さのようなものが感じられます。後半も国学に基づき、梅の名の由来や神代から神聖な場において梅が用いられていることを梅の精が語り舞います。少し聞き馴れない国学の言葉も出てきますが、語り舞の直前には、月下の難波津にゆったりと吹く風が鳴らす松、芦の音色などを想像できる場面もあります。さらに精の舞う「(じょ)(まい)」の後には「梅の匂いや天に()つらん」と謡われます。梅の香りが舞台から立ち上り広がっていくような、美しい「序ノ舞」をお楽しみください。