能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 求塚 日本語

あらすじ

 薄雪が残る早春。旅の僧(ワキ)と供の僧(ワキツレ)は、都へ行く途中で摂津(せっつ)国生田の里(現在の兵庫県神戸市)に立ち寄り、そこで若菜摘みの里の女たち(前シテとツレ)と出会います。旅の僧は、この地にある「求塚」はどこかと聞きますが、女たちは誰も知りません。やがて女たちは帰っていきますが、一人の女(前シテ)が居残っていました。不思議に思った僧が、改めて求塚の場所について尋ねると、女は求塚に案内し、()われを語ります。

 昔、菟名日(うない)少女(おとめ)という女に、小竹田(ささだ)男子(おのこ)血沼(ちぬ)丈夫(ますらお)という二人の男が恋をしました。恋の決着はつかず、生田川の鴛鴦(おしどり)を射て決めることにしましたが、二人とも同じ鳥を同時に射てしまいます。困り果てた少女は生田川に身投げし、その遺体がこの求塚に埋められました。その死を(いた)んだ二人の男たちも求塚の前で刺し違えて命を落としたのです。そう言い終わると、里の女は求塚の内へ姿を消します。

 女は菟名日少女の霊でした。里の男(アイ)の勧めに応じて、僧が読経して弔っていると、菟名日少女の霊(後シテ)が現れます。少女は地獄に()ちて苦しんでいました。死後も二人の男が少女を責め、生田川の鴛鴦が鉄鳥(てっちょう)となって少女を食い荒らします。地獄の鬼も責め(さいな)みます。どうすることもできず柱に(すが)れば、その柱が火柱となって少女の身を焼きつくします。少女は八大地獄で味わった長い苦しみを語ると、求塚の陰に姿を消していくのでした。

見どころ

 〈求塚〉は『万葉集』や『大和物語』に描かれた求塚の伝承を下敷きにした作品です。本曲の特徴は、二人の男に恋い慕われた菟名日少女(うないおとめ)が、死後も地獄で苦しんでいる点にあります。少女自身には男たちを(もてあそ)ぶ気持ちもなく、二人の男を同時に愛してしまったわけでもありません。それにもかかわらず地獄に堕ちるという本曲の設定は残酷ですが、男二人に求められること自体が罪深いとする考え方が、背景にはあったようです。

 前半の見どころは、華やかな装束を着た里の女たちの若菜摘みの場面です。謡われる情景も冬の寒さ残る早春の野辺で、とても清冽(せいれつ)な印象を受けます。

 後半では、前半の(うら)らかな情景から一転、苛烈な地獄の様子が演じられます。塚の作り物は、前半では菟名日少女の墓である「求塚」を表していましたが、後半では地獄の象徴に変化します。とくに、地獄で火の柱に(すが)る場面は、シテの所作によって、燃え上がる炎の様子がまざまざと迫ってくるようです。ちなみに、後半の地獄の描写は、平安時代末期から普及した「地獄絵」に影響されたと考えられています。

 後シテには「霊女(りょうのおんな)」「痩女(やせおんな)」といった妄執に苦しむ女の能面がよく用いられます。陰惨な地獄の苦しみは、能面の表情によって、より強く印象づけられます。

 生前の(むく)いを受けて、さまざまな地獄の責めに苦しむ、菟名日少女の演技にご注目ください。