能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 雷電 日本語

あらすじ

 比叡山延暦寺の高僧・法性坊(ほっしょうぼう)(ワキ)は天下泰平を祈り、連日護摩(ごま)()いています。今日はその最終日。法性坊が満願の法会として仁王会(にんのうえ)(仁王経を読誦(どくじゅ)する法会(ほうえ))を催していると、外から扉をたたく音がします。法性坊は夜中の訪問者を不審に思いつつ外をのぞくと、そこには亡くなった菅原(すがわらの)道真(みちざね)の霊(前シテ)がいました。法性坊は中に招き入れ、久々の対面を喜びます。道真は生前にうけた法性坊の恩に対して感謝を述べ、師弟の関係こそ最も貴いものだと語ります。ひとしきり語り合った後、道真はこれから雷となって宮中へ行き、生前に辛く当たってきた人たちを滅ぼそうと計画していると述べ、法性坊に宮中からお呼びがかかっても行かぬよう頼みます。法性坊は承知しますが、宮中から重ねて要請があった場合は断りきれないと言うと、道真の顔はみるみる変形し鬼の形相(ぎょうそう)となりました。そして道真は供物の柘榴(ざくろ)を手に取り噛みくだき、扉に吐きかけると、柘榴はたちまち炎となって燃え上がりました。そこで法性坊が呪文を唱えると、炎は消え、道真も姿を消してしまいました。

 舞台は宮中に移ります。宮中に法性坊が参上し祈祷していると、そこへ雷神(後シテ)が登場します。稲妻(いなづま)が響き渡り、宮中は激しく揺れ動きます。しかし不思議なことに法性坊の所へは雷が落ちません。法性坊と雷神は互いに行き違いながら激しく戦います。法性坊が呪文を唱えると、雷神の力は弱まります。そして天神の称号を受けると黒雲に乗り飛び去って行きました。

見どころ

 本曲は菅原道真にまつわる伝説を題材にした作品です。菅原道真は若くして才能をいかんなく発揮し、右大臣にまで昇りつめましたが、藤原時平の陰謀によって失脚し、太宰府(だざいふ)左遷(させん)されその地で没しました。死後、怨霊となって都に上り、時平らを呪い殺し、自然災害をおこすなどして人々を恐れさせたと伝えられています。道真の怨霊を恐れた人々は後に道真を「天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)」として(まつ)りました。こうした道真伝説は『太平記(たいへいき)』など多くの文献にみられ、人々の間に広く流布(るふ)していました。本曲はこれを採り入れ、手際(てぎわ)よく描いた作品です。

 前半は法性坊のもとに道真の霊が現われ、生前の恩に感謝するという筋立てです。師弟間の情の描写が深く描かれている点が特徴的で、後に雷神となって現れた道真は法性坊にだけ雷を落としません。このことからも道真の法性坊に対する思いがくみ取れます。

 見せ場は、道真=雷神の激しい演技です。前半の最後には、穏やかだった道真が態度を一変させ、怒りをあらわにします。また、法性坊と雷神が戦う後半では、足拍子を多数踏み鳴らし、雷鳴(らいめい)を表します。

 (つく)(もの)(舞台装置)の使い方にも特色があり、舞台上に宮中の建物を表す台が二つ置かれます。法性坊と雷神が宮中で攻防を見せる場面では、この台を(たく)みに用いるなど、視覚的に楽しめる演出となっています。