能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 七騎落 日本語
あらすじ
時は治承四年(1180)。石橋山合戦に破れた源頼朝(ツレ)は、主従八騎で相模湾から安房国(千葉県南部)上総へ船で逃れようとします。頼朝は、祖父為義が九州へ敗走した時や父義朝が近江へ逃れた時も八騎であったことから、「八」は不吉な人数であると思い、家臣の土肥実平(シテ)に一人下船させるよう命じました。実平は、最年長で下船しやすい艫板に乗っていた岡崎義実(ツレ)を降ろそうとします。義実は合戦で息子を失っていました。それゆえ、我が身には二つの命があったが、それが一つの命となったと義実は主張し、実平には息子遠平(子方)がいるのだから、どちらかが下船すればよいと反論。そこで実平は嫌がる遠平を説得し、下船させました。折しも浜辺には追っ手の軍勢が迫り、実平は息子との別れを悲しむのでした。
一方、平家方にいた和田義盛(ワキ)は、頼朝に味方するために船に乗っています。義盛の船に気付いた実平が、彼の本心を知るために、頼朝とはぐれたと欺くと、義盛は生きる甲斐がないと自害しようとします。それを見た実平は真実を明かし、浜辺に船を寄せ、義盛は頼朝と対面。義盛は船から遠平を連れて来て、父子は再会を果たします。実は、義盛が遠平を匿っていたのです。実平は涙を流して喜びます。やがて酒宴が催され、実平は颯爽と舞を舞います。こののち、大勢の味方が馳せ参じ、天下は頼朝のもとで治まったのでした。
見どころ
能〈七騎落〉は会話を中心に進み、人間ドラマともいうべき見せ場が幾つもあります。その基盤は、「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世」というのは中世に浸透していた考えであり、主従は前世・現世・来世の三世に渡って縁が繋がるという意味です。このように強い絆で、源頼朝と土肥実平をはじめとする家臣は結ばれています。そこに親子の情愛が重なり、さらに家臣同志の思いが交差していく展開が〈七騎落〉の特色です。実平と岡崎義実は下船を巡って対立しますが、二人は我が子を深く思う気持ちでは同じです。また、後半の実平と和田義盛の駆け引きは、結果的に実平・遠平親子の再会を劇的なものにしていきます。途中で悲しみや苦しみが丁寧に描かれるからこそ、結末の再会、そして頼朝の勝利というめでたい結末が際立ってくるのかもしれません。実平の舞う「男舞」は、再会の喜びに加え、頼朝の前途を予祝する力強い舞です。
本曲は能舞台の使い方も秀逸です。前半は、本舞台が船、橋掛りが浜辺の設定。後半になると、橋掛りは海となり、義盛の船として作リ物(舞台装置)が出されます。本舞台と橋掛りの遠近感が活かされた演出です。
能〈七騎落〉の素材となるような、完全に重なる物語は未だ見つかっていません。しかし、「四部合戦状本」と呼ばれる種類の『平家物語』では、源頼朝が主従七騎で逃れたこと、吉例とされる七騎にするために土肥遠平が下船したことが語られ、能との関係が注目されています。