能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 輪蔵 日本語

あらすじ

 筑紫国(福岡県)の太宰府(だざいふ)の僧(ワキ)が同行の者(ワキツレ)を連れて、太宰府と同じく天神を祀る北野天満宮へ参詣することにします。

 寺男(アイ)の案内によって、天満宮に到着し、大蔵経(だいぞうきょう)を納めた輪蔵(りんぞう)を拝んでいると老人(前ツレ)が現れます。老人は、自分のことを火天(かてん)(輪蔵に納める経典の守護神)と名乗ります。火天は輪蔵を開き、納められた五千余巻の経典を一夜にして拝ませることを僧に約束します。仏教が天竺(てんじく)(インド)から東方へ流布していったこと、経典の守護をした()大士(だいじ)普健(ふけん)童子・()(じょう)童子の三人が北野天満宮に輪蔵の経典を納めたことなどを語ると、姿を消します。

 末社の神(福部の神、アイ)が北野天満宮に輪蔵の経典が収まった()われを語ります。深夜、厨子(ずし)の扉が開き、傅大士(シテ)・普健童子(子方)・普成童子(子方)の三人が現れます。経典を収めた箱を二人の童子から受け取った僧は、経を読誦します。傅大士は荘重な舞を舞います。

 そこへ天から降り立った火天(後ツレ)が現れて輪蔵を回転させ、僧たちもその周囲を廻ります。僧たちが経典すべてを見終わると、火天が勇壮な動きを見せ、天満宮をあがめるように言い、天に上ります。やがて傅大士と童子も消え去りました。

見どころ

 「輪蔵」とは転輪蔵ともいい、大蔵(だいぞう)(きょう)(仏教聖典の総称)を収納するための回転式書棚です。本作は、大宮と輪蔵の(つく)(もの)(舞台装置)が舞台上に置かれます。回転する輪蔵は、簡素を旨とする能の作り物のなかでも凝った作りとなっているのが特徴。中国・南北朝時代の在俗仏教者、()大士(だいじ)が考案したと伝わっていることから、輪蔵には傅大士と彼の二子(普建(ふけん)()(じょう)童子)の像が祀られていることがあります。大部の経典をすべて読むことは大変なため、輪蔵を回転させると全巻を読誦したことと同じご利益があるとされました。

 北野天満宮(中世には神仏習合の霊地)にも、室町幕府三代将軍、足利(よし)(みつ)によって大部の経典を収めた輪蔵がある御堂が建てられました。北野天満宮で火事が遭った際、輪蔵は焼けずに残ったことが、大蔵経の功徳ゆえだと人々の信仰を集めました。登場人物一同が輪蔵の周囲を廻る場面は後半の山場であり、天満宮の輪蔵の功徳にあやかりたいという人々の要望が背景にあったのかもしれません(なお、現在は天満宮に輪蔵はありません)。

 後場は、傅大士の「(がく)」、火天の「舞働(まいばたらき)」も見どころ。「楽」は、ゆったりとしたテンポから次第に早まっていき、神の力強さを感じさせ、「舞働」では火天が威風堂々とした所作によって舞台いっぱいに動きます。

 作者は、室町時代末期に活躍した観世長俊(ながとし)。観世流のみの現行曲です。