能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 花軍 日本語

あらすじ

 花の会の(とう)(当番、世話役)となった都人(ワキ)が、会で用いる草花を探すため、伏見・深草山(ふかくさやま)を訪れます。そこに里女(前シテ)が現れます。都人が草花の場所を尋ねると、里女は翁草(おきなぐさ)(菊の異名)の賞翫するよう勧めます。様々な草花を目にした都人に、里女は女郎花(おみなめし)を持ち帰るよう勧めますが、都人は白菊が良いと断ります。そのことを恨んだ里女は、自分こそ女郎花の精だと正体を明かすと、「今宵を待て、夢中で花軍を見せる」と言い残して花の陰へと姿を消します。

 (たちばな)の精(アドアイ)が一族とともに山で花見の酒宴をしていると、栗の精(オモアイ)と口論となります。それぞれの仲間の精霊たち(立衆)が加勢して争いに発展し、和歌をもじった掛け合いや、斬り合いといった戦いが繰り広げられます。そうしているうちに、突然、(やま)(おろし)が吹き抜けると、寒さに耐えられなくなった草花の精たちは皆引き上げます。

 草花の精たち(子方)が現れ、戦に意気込みます。牡丹の精を大将にした女郎花の精たちが攻め込みます。草花の精たちの華やかな戦いが繰り広げられていると、翁草の精(後シテ)が仲裁に現れます。その立ち合いのもと、花軍は和睦となります。その証として、翁草の精が舞を舞い、夜明けとともに姿を消します。

見どころ

 「花軍」とは、人々が二手に分かれて、和歌を詠みながら花の優劣も競いあった遊戯であり、花の枝で打ち合う遊戯でもあります。中世は生け花の前身である「立花(りっか)」が隆盛した時代です。元々は、花・草・木を花瓶に立てることから「たてはな」と呼ばれました。人々は「花の会」を催し、花の種類や質、立て方を競いました。都人が深草山を訪れたのは花の会で出す草花を探すためですし、花軍が起きたきっかけは里女が花の会に勧めた女郎花を都人が断って白菊を選んだからです。

 後場の見どころは、草花の精たちの華やかな戦いと、老体である翁草の精の威厳ある舞です。現在の演出において草花の精は子方(子役)が演じることが多いです。草花の精たちが花軍を模して花の枝を打ち合わせる場面は、舞台を華やかに彩ります。かつては、個別に女郎花・牡丹などの花名をつける演出もあるようです。後シテ・翁草の精の翁草は菊の異名で、花の白い()しべを白髭に(たと)えられたことが由来です。古来、菊を用いた薬は不老長寿になると言われたおめでたい花で、翁草の名称も長寿の意がこめられた命名でしょう。

 作者は室町時代の能作者・観世長俊(ながとし)ですが、本作は長く上演が途絶えていました。近年、金剛流が詞章や演出に工夫を加えて復曲し、たびたび上演しています。間狂言「菓争(このみあらそい)」は独立した狂言として演じられますが、本来「花軍」の替間(かえあい)(特殊な間狂言)でした。精霊は、それぞれに橘・栗などを天冠(てんがん)に立て、ユーモラスに演じます。