能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 花筐 日本語

あらすじ

 (えち)(ぜん)の国味間野(あじまの)(福井県越前市)に暮らしていた、男大迹(おおあとべ)皇子(おうじ)は、天皇に即位することになりました。皇子は(てる)()の前(前シテ)という女性を寵愛(ちょうあい)していましたが、急遽(きゅうきょ)大和(やまと)の都へ向かうことになり、使者(ワキツレ)に、いつも使っていた(はな)(がたみ)(はな)(かご))と手紙を照日の前へ渡すように命じ、都へ旅立ちました。

 照日の前は、使者からわけを聞き、即位を喜びます。しかし手紙を読むと一人取り残された悲しみに沈み、やがて里へ帰って行きました。

 紅葉の色づく秋の頃。皇子(子方)は即位して(けい)(たい)天皇となり、大和の国(たま)()に都を移し、紅葉狩に出かけます。

 一方、心を乱し、(もの)(ぐるい)となった照日の前(後シテ)は、侍女(じじょ)(ツレ)を連れ、大和の国へ向かって旅をしています。

 照日の前と侍女が、(みかど)の行列と行き会いました。二人が行列の前を通ったので、官人(かんにん)(ワキ)が追い払い、侍女の持っていた花筐を打ち落としてしまいます。照日の前は、その花筐は帝の形見(かたみ)であると答え、打ち落としたことをとがめ、激しく官人に抗議し、心乱した様子で帝への恋心を訴えて泣き伏します。帝の前で舞を見せるように命じられた照日の前は、(かん)(古代中国)の武帝(ぶてい)(きさき)李夫人(りふじん)の物語を歌った舞を舞います。やがて花筐を目にした帝は、物狂の女が照日の前であることに気づき、二人はめでたく再会を果たしたのでした。

見どころ

 能〈花筐〉は、「物狂能(ものぐるいのう)」と呼ばれるジャンルの能です。能の「(もの)(ぐるい)」は、一時的に心を高ぶらせ興奮状態になって、舞や歌、物まねなどを披露する芸能のこと、またそれを演じる芸能人のことをいいます。能を大成した世阿弥(ぜあみ)は、生き別れた恋人・親子などが、その思いゆえに狂乱する物狂が重要だと『風姿花伝(ふうしかでん)』で述べています。〈花筐〉などの物狂能は、別れと再会の物語であり、舞などの芸能が、再会のきっかけになっています。

 (てる)()(まえ)男大迹(おおあとべ)皇子(おうじ)の別れは、皇子が(けい)(たい)天皇として即位することによって引き起こされます。即位の事情は、『古事記(こじき)』や『日本書紀(にほんしょき)』などに、武烈(ぶれつ)天皇崩御の後、皇位継承者がおらず、そこで応神(おうじん)天皇の子孫にあたる皇子を上京させたと説明されます。

 作者は、世阿弥。父の観阿弥(かんあみ)作の「李夫人(りふじん)(くせ)(まい)」という謡をそのまま取り入れて、〈花筐〉を作りました。再会のきっかけの一つが、この「李夫人の曲舞」。これをもとに作られたサシ・クセと呼ばれる部分は、李夫人の死後、古代中国の武帝(ぶてい)が魂をこの世に招き返すという(はん)(ごん)(こう)()いて、おぼろげに見える夫人の面影をしのび、悲しみに暮れるというもの。初めは、客観的に李夫人と武帝の物語が謡われますが、次第に照日の思いと武帝の悲しみが重なっていきます。

 再会のきっかけのもう一つは、皇子が照日の前に贈った花筐(花籠(はなかご))です。それが官人(かんにん)によって打ち落とされたときの照日の怒りは、テンポの早い謡とたくさんの足拍子(あしびょうし)で表現されます。怒りは、愛する皇子と離れ離れになった悲しみへと変化し、照日の前の心情の移り変わりに従って、謡もしみじみとゆっくりと謡われます。