能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 金札 日本語

あらすじ

 桓武(かんむ)天皇が都を平安京に移した、天下泰平の時代。桓武天皇は伏見(京都の南郊)に神社を造営せよとの宣旨を下し、勅使(ワキ)と従者(ワキツレ)を遣わされます。すると金札が天より降り下り、そこには神の告げが記されていました。勅使は、松蔭で一夜を過ごし神の告げを待つことにします。

 金色の宮の扉から、金札の神、天太玉命(あまつふとだまのみこと)(シテ)が現れ、弓矢を射て悪魔を降伏させます。(みこと)は外敵がいなくなり、天下泰平の御代となったことを言祝(ことほ)ぎ、社殿へと入るのでした。

見どころ

 能〈金札〉は、世阿弥(ぜあみ)の父、観阿弥(かんあみ)が関わったと考えられる祝言能で、世阿弥の音曲伝書『五音(ごおん)』には、〈金札〉の一節が載っています。本作は、鎌倉時代成立の和歌秘伝書に載る、金札にまつわる言説などを下敷きにして脚色し、一曲に仕立てられています。

 天太玉命は、『古事記』・『日本書紀』に登場する神です。天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れた時に、岩戸の前で祭祀を行ったことで知られています。「太玉」は祭祀に用いる玉を示唆しており、天太玉の神は大和朝廷で祭祀を司った忌部(いんべ)氏の祖神とされています。

 本作の見せ場は、舞台上で天太玉命が弓を射るところです。矢を放つ瞬間、観る者の視線は(みこと)に集中します。そして、命が実際に弓弦をはずす所作をすることによって、外敵の脅威がなくなり、平和の時代が到来したことを象徴させています。天太玉命は、きりりとした動きのなかに神威を感じさせる舞を見せ、おめでたい雰囲気を一層盛り上げます。