能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 弱法師 日本語
あらすじ
河内国高安の里(大阪府八尾市)に住む左衛門尉通俊(ワキ)が、ある人の偽りの言葉を信じて、我が子、俊徳丸を追放してしまいました。そのことに心を痛めた通俊は、天王寺(大阪市天王寺区の四天王寺)で七日間の施行(貧しい人々への施し)を行うことにし、通俊の従者(アイ)が施行を触れまわります。
そこへ盲目ゆえに、足元がおぼつかないことから弱法師と呼ばれる男(シテ)が現れます。弱法師は梅の香で、今が花の散る頃と感じ取ります。弱法師は施しだけでなく、香や花びらの施行があったことを天王寺の仏の恵みと感謝し、上宮太子(聖徳太子)が天王寺を建立したことを語り舞います。それを見た通俊は、弱法師こそ我が子と気付き、夜になったら名乗り、連れ帰ることにします。
やがて日没を見て心に極楽を想い祈る日想観の時刻になりました。今日は彼岸の中日。弱法師は見えぬ目で西門の石の鳥居から真西に沈む夕日を拝みます。
盲目になる前に難波の浦から見た景色、淡路・絵島・須磨・明石、紀の海までも見渡します。すべての景色は心の中にあるのです。さらに南の住吉の松、東の草香山、北の長柄の橋も見回しますが、実際には大勢の人に突き当たり、転び伏してしまいます。
夜になり、親子の対面をした弱法師は高安へと帰っていきました。
見どころ
梅香る天王寺の境内や仏の深い慈悲、心の眼に見えた美しい風景といった明るく優しい要素と、盲目の厳しい現実や運命が拮抗して、独特の雰囲気を醸し出す作品。作者は世阿弥の息子観世元雅。
現在の四天王寺は観光地として賑わい、聖徳太子への信仰が今も受け継がれています。中世の天王寺は〈弱法師〉で描かれるように、様々な身分の人が集いました。実際に弱法師と呼ばれた乞食の芸能者が天王寺にいたことも伝えられており、社会の下層に置かれた人々にも開かれていた寺でした。〈弱法師〉は、後に俊徳丸の物語として、説経節・説経浄瑠璃といった中世から近世の語り物芸能に展開していきます。
見どころは、弱法師が「満目青山は心にあり」と森羅万象を心の眼で見る場面から、一転して現実に引き戻されるまで。弱法師の心の動きを、緩急のある地謡と囃子で盛り上げます。天王寺の縁起が語り謡われる場面も聞きどころの一つです。
小書(特別演出)「盲目之舞」では、弱法師が舞台を一廻りする演技の代わりに舞を舞います。この時は天王寺の縁起を語る場面が省略されることもあります。