能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 白鬚 日本語

あらすじ

 霊夢を見た帝の勅命を受け、勅使(ちょくし)(ワキ)が従者(ワキツレ)とともに江州(滋賀県)へ向かいます。白鬚神社に着いた勅使は、漁夫の老人(前シテ)と男(前ツレ)に出会います。老人は白鬚明神を敬い、帝の御代を尊んで、その恩恵に感謝します。

 老人は白鬚明神の縁起を語り始めます。仏法を広める土地を求めていた釈迦は、琵琶湖・志賀の浦を訪れ、そこで釣りをする老翁と出会いました。釈迦が比叡山を仏法の結界にしたいと言うと、老翁は「自分は琵琶湖が七度も蘆原となったのを見てきた。当地が仏法の結界になれば、釣り場がなくなる」と惜しみます。そこへ薬師如来が現れ、「当地で仏法を開けば、今後の仏法を守護しよう」と誓約します。この釣りをしていた老翁が白鬚明神で、自分の正体は白鬚明神だと明かすと、社殿に姿を消します。

 末社の神(アイ)が現れ、白鬚明神の来歴を語り、舞を舞います。

 深夜、社殿から白鬚明神(後シテ)が現れます。明神は、勅使の心を慰めようと舞楽を奏し、自身も舞を舞います。空から天燈を持つ天女(後ツレ)が来臨し、湖水からは龍燈を持つ龍神(後ツレ)が出現します。それぞれ燈を神前に奉納すると、舞を舞います。そして、夜明けとともに天女は空へ、龍神は湖水へと戻ります。白鬚明神の神威が示され、天下泰平の世となるのでした。

見どころ

 本作の舞台の白鬚神社は滋賀県・琵琶湖の西、現在の高島市にあり、湖中に大鳥居があることから「近江の厳島(いつくしま)」とも呼ばれます。祭神の猿田彦命(さるたひこのみこと)は、天孫降臨の際に道案内をした神で、白鬚神社では、白髪・白鬚の姿で祀られています。

 本作は観阿弥(世阿弥の父)作の謡い物「白鬚の曲舞(くせまい)」を基にして作られたと考えられています。世阿弥の音曲伝書『五音』には前場の「クリ・サシ・クセ」と同じ詞章が載っています。「クセ」はリズミカルな囃子にのって叙事的詞章を謡い舞う曲舞(くせまい)という室町時代の流行芸能を母胎にしています。観阿弥は、従来メロディ主体だった能にリズム本位の曲舞を取り入れ、能の音曲改革に成功。その初めが「白鬚の曲舞」です。

 前場の眼目、比叡山の縁起を物語るこの「クセ」は、「花筐(はながたみ)」「歌占(うたうら)」のクセとともに「三難クセ」と呼ばれる聞かせどころです。前場のシテが漁夫の老翁なのは、この「クセ」の中で白鬚明神が釣りをする老翁に変じて琵琶湖の畔に現れるという内容があるからでしょう。

 後場の眼目は、白鬚明神が舞う荘重な「(がく)」と天女・龍神の「舞働(まいばたらき)」です。舞楽(舞を伴う雅楽)を模したと伝わる「楽」は、随所に足拍子を踏み、威風堂々とした舞が特徴。勇壮な龍神と優美な天女による「舞働」も舞台を華やかに彩ります。

 舞台上の社殿の作り物は、左右に灯明台が付けられています。天女・龍神が灯明台に天燈・龍燈を捧げることで地上に光が満ち、白鬚明神の霊験が行き渡ることを表しています。