能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 雲雀山 日本語

あらすじ

 舞台は、大和国(やまとのくに)(奈良県)と紀伊国(きいのくに)(和歌山県)の境にある雲雀山。横佩(よこはぎ)の右大臣豊成(とよなり)の従者(ワキツレ)が、中将(ちゅうじょう)(ひめ)の境遇を述べます。豊成はある者の讒言(ざんげん)(偽りの誹謗中傷)を信じ、娘の中将姫を雲雀山で殺すように命じましたが、従者は殺すにしのびず、乳母(めのと)侍従(じじゅう)(シテ)と共に雲雀山の庵に姫(子方)をかくまっていました。乳母は草花を里人に売って生計を立て、姫を養っています。従者が乳母に花を売りに行くように言うと、乳母と姫は貧しく侘しい暮らしを嘆きます。やがて乳母は花を売りに里へ出かけて行きました。

 豊成(ワキ)が従者(ワキツレ)を連れて、雲雀山に鷹狩にやって来ます。豊成は従者に猟を始めるように命じます。鷹匠(たかしょう)勢子(せこ)(鳥獣を追い、駆り出す役)・犬引き(猟犬使い)(すべてアイ)が、鷹と犬を使って鳥を追い立て、見事に仕留めます。

 乳母が心を高ぶらせた様子で現れ、さまざまな花を売ろうとします。その姿を見た従者が声を掛け、乳母は漢詩を引き言葉巧みに花の美しさを述べます。従者が花を求め、素性を問うと、乳母は春や花にちなむ漢詩や和歌をあげながら花を愛でる心、さらには隠れ住む姫を案じる気持ちを込めて謡い舞います。姫の庵へ帰ろうとする花売りを見た豊成は、乳母の侍従であると気づき、姫への仕打ちを悔い、姫の居場所を尋ねます。乳母は庵へ案内し、親子は再会を果たします。親子と乳母は都へ帰って行ったのでした。

見どころ

 中将(ちゅうじょう)(ひめ)は奈良時代に奈良県当麻寺(たいまでら)で仏法に帰依し、たった一晩のうちに蓮華(れんげ)の糸で曼荼羅(まんだら)を織り上げ、女人(にょにん)往生(おうじょう)を遂げたという伝説上の人物です。室町時代には中将姫伝説がさまざまな形で伝わっており、本曲もそれらの一つということができます。

 〈雲雀山〉は「物狂(ものぐるい)(のう)」に分類される作品。物狂能は、子や恋人と生き別れた悲しみゆえに心乱れた人物(物狂)が、舞や歌を披露し、それをきっかけに再会を果たす物語です。〈雲雀山〉は別れた当事者(親)ではなく乳母(めのと)が物狂となりますが、物狂の歌や舞が作品の中心であるのは、他の物狂能と共通します。乳母の物狂(歌や舞)は花を売るための芸として、花を慈しみ愛でる心を謡うもので、そこには姫と花を一体化した思いが込められています。乳母は姫を大切に思うあまりに心を乱すとも思われます。

 見どころの一つは、乳母が「()され候へ(そうらえ)(花を買ってください)」と、卯の花・杜若(かきつばた)(たちばな)百合(ゆり)深見(ふかみ)(ぐさ)牡丹(ぼたん))・忍ぶ草など様々な草花を売る場面です。漢詩や和歌の言葉が巧みに取り込まれており、それぞれの花のイメージも伝わります。乳母の心の高ぶりを表すかのような、終盤の特徴的なリズムの謡も聞きどころです。花売りの合間で、豊成(とよなり)の従者がかける言葉が、物狂の謡をうながす効果を出しています。

 後半の見どころは、花を売った後和歌や漢詩を引いて、春を惜しむ心や花を愛する気持ちが謡われる場面です。その謡の後半には、姫の身の上がほのめかされており、乳母は一人待つ姫を案じながら美しく舞を舞います(「クセ」「中ノ(ちゅうの)(まい)」)。