能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 芦刈 日本語

あらすじ

 ある人の乳母(めのと)となった女(左衛門の妻、ツレ)が従者(ワキ)を伴って、かつて住んでいた摂津国(せっつのくに)日下(くさか)(大阪府東大阪市)に戻ってきます。貧しさゆえ離別した夫の左衛門を訪ねるためでした。従者が里の男(アイ)に尋ねますが、もとの住まいに夫はいません。女は嘆き悲しみ、夫との再会のため、しばらく逗留することを決めます。すると里の男が、近くの浜に(いち)が立ち、そこに芸達者な芦売りがいると教えました。

 里の男に呼ばれて芦売り(シテ)が現れ、貧しさは前世からの因縁と、自身の境遇を(うた)います。そして、所によってものの名が違うことなどを巧みに述べながら、芦を買うよう勧めます。また従者に尋ねられ、仁徳天皇が「御津(みつ)の濱」に大宮を造営し、難波が栄えたことも教え、笠尽くしの歌を謡い舞ってみせるのでした。

 輿(こし)の中からその様子を見ていた女は、芦を買うため男を呼び寄せ、それが夫であると気づきます。男も妻に気づきますが、落ちぶれた姿を見せまいと隠れてしまいます。妻が夫の元に行き語りかけると、左衛門は気持ちを込めて和歌を詠み、妻も相手を思いやる歌を返しました。左衛門は喜び、再会のきっかけとなった和歌の徳を讃え、舞を舞います。やがて二人は一緒に都へ帰っていったのでした。

見どころ

 能〈芦刈〉は『大和(やまと)物語(ものがたり)』や『拾遺(しゅうい)和歌集(わかしゅう)』などの芦刈の和歌説話を素材としていますが、説話とは異なり、能では夫婦が再会、復縁を果たします。夫は芦を刈り売る身ながらも風雅を知り、和歌についての知識を備え、歌を詠むことができる人物です。難波津の春の風景、今の落ちぶれた境遇、妻への思いが、和歌に詠まれます。和歌の持つ徳によって夫婦が再び心を通わせるという主題に、芦売りの風情が加えられた作品です。

 男は、難波(なにわ)の名物「芦」を「(よし)」や「(はま)(おぎ)」といった異名をあげて言葉の芸を披露し、「御津(みつ)の浜」の説明から、「笠尽くしの歌=笠之段(かさのだん)」を謡い舞います。ここでは漁師たちが網を引く情景に転じたのちに、様々な「笠」が出てくる謡へ続きます。男が世を(はばか)るように被っていた笠が、大事な小道具となります。笠を使った所作にもご注目ください。終盤の謡のリズム、芦が風になびく「ざらり」「ざら」といった響きなど、音楽的な面白さもあります。

 芦売りが妻に気付いて隠れてから、再会し歌を交わす場面は、夫と妻のそれぞれ心の動きがよく伝わるところです。橋掛りという能ならではの舞台構造も、効果的に使われます。

 後半は明るくおめでたい雰囲気になります。夫は烏帽子(えぼし)直垂(ひたたれ)の凛々しい姿となり、夫婦の縁を再び繋げた和歌をたたえる謡を舞い、さらに力強く颯爽とした「(おとこ)(まい)」を舞います。夫の喜びと自信が込められるようでもあります。