能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 玄象 日本語

あらすじ

 琵琶(びわ)の名手、藤原師長(もろなが)(ツレ)が従者(ワキ・ワキツレ)と共に、琵琶の奥義を極めるために唐土(もろこし)(中国)へ渡ることにし、その前に津国(つのくに)須磨(すま)の浦(神戸市)を訪れます。浦では、老夫婦(前シテ・ツレ)が美しい浦の景色を眺めながら(しお)(海水)を汲んでいます。夫婦が塩屋に戻ると、従者が宿を乞います。夫婦は有名な師長の琵琶を聞ける、めったにない機会と喜び、塩屋に通します。

 夫婦が琵琶を勧めると、師長は奏で始めますが、折から村雨が降り出して雨音を立てるので演奏を止めてしまいました。すると夫婦は(とま)(むしろ))で板屋根を覆い、琵琶の音色と雨音を調和させるために、雨音を低く抑えたと言います。夫婦が並みの人ではないと思った師長は、二人に琵琶と琴を弾くよう頼みます。二人の演奏は素晴らしく、師長は日本にこれほどの名手がいたことに驚き、恥ずかしさの余り塩屋を立ち去ります。夫婦は師長を引き留めると、自分たちは琵琶の名器「玄象(げんじょう)」の持ち主である、村上(むらかみ)天皇と(なし)(つぼの)女御(にょうご)の霊であると名乗ります。師長の唐への渡航を留めるために現れたと明かし、姿を消しました。

 師長の召使(アイ)が登場し、これまでの経緯などを語ります。村上天皇の霊(後シテ)が現れ、龍宮にある琵琶の名器「獅子(しし)(まる)」を龍神(ツレ)に持ってくるように命じます。龍神が獅子丸を海から運び出し、師長に手渡します。師長は獅子丸を奏で、演奏の面白さに天皇は舞を舞います。やがて空飛ぶ馬車に乗って去り、師長は満足して都へ帰って行ったのでした。

見どころ

 琵琶の名器「玄象」には様々な伝説が伝わっており、師長(もろなが)が登場する話もあります。源平合戦を描く『源平(げんぺい)盛衰記(じょうすいき)』には、師長が西国に流罪となった時に、玄象が童子に姿を変えてついて来たという伝説が載っています。能〈玄象〉の直接の素材はわかりませんが、師長と玄象の取り合わせには興味深いところです。

 前半の見どころは、まずは夫婦が夕暮れの須磨の浦の美しさと、各地の浦の名所を謡い上げる場面です。汐を汲みあげる所作がなされる場合もあります。もう一つは琵琶の演奏場面です。扇を広げて琵琶に見立てて演奏の様子を表現します。(つく)(もの)(小道具)の琵琶を用いることもあります。琵琶の撥音(ばちおと)、琴の爪音(つまおと)を表す「ばらりからりからりばらり」という謡が印象的です。低い調子になった屋根を打つ雨音と琵琶琴の響きを想像してみてください。夫婦の謡い奏でる雅楽(ががく)の『越天楽(えてんらく)』も聞きどころです。

 後半は、視覚的な面白さも加わります。村上天皇の霊は、八頭の駿馬に引かせた空飛ぶ馬車に乗って出現します。龍神を呼び出すことといい、本作の村上天皇には神霊のようなイメージがあります。師長の琵琶に龍神たちが管絃を合わせ、天皇も琵琶を奏でる場面には、神秘的な趣が感じられます。そのような音楽に満たされた空間を象徴するのが、天皇の舞う「(はや)(まい)」です。

 今回は「(くつろぎ)」という小書(こがき)(特別演出)です。早舞の途中で囃子の雰囲気が変わり、天皇は橋掛(はしがか)リに行きます。空間の広がりをより感じさせる演出です。

 〈玄象(げんじょう)〉の曲名は観世流のみのもので、その他の流儀では〈絃上(けんじょう)〉となっています。