能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 名取ノ老女 日本語

あらすじ

 熊野(くまの)の山伏が、陸奥(みちのく)松島(まつしま)平泉(ひらいずみ)に向かう暇乞(いとまご)いのため、熊野大社本宮の證誠殿(しょうじょうでん)で祈願をしたところ、名取の老女に関わる霊夢を見ました。山伏は陸奥・名取の里へ(おもむ)き、名取の老女と孫娘に出会います。山伏は老女に霊夢の内容を伝えます。それは虫食いの跡が和歌になった(なぎ)の葉を届けよ、という熊野権現からの伝言でした。和歌は「道遠し年もようよう老いにけり思ひおこせよ我も忘れじ(年をとり、遠く離れた熊野に来られなくなっても熊野を思い出してくれ。私も忘れない)」という熊野権現の歌で、山伏が読み上げると、老女は随喜の涙を流します。老女は、名取の里に熊野権現を勧請(かんじょう)(神仏の分霊を祀ること)したのは自分で、高館山(たかだてやま)を本宮、野原を新宮、滝を那智の滝に見立てたと言います。

 孫娘に勧められるまま、老女は熊野権現の由来を語ります。天竺(てんじく)(インド)摩伽陀(まかだ)国の王には千人の后がいましたが、懐妊したのは末の后でした。他の后から嫉妬された末の后は首を()ねられてしまいます。しかし不思議なことに遺骸は腐らず、王子は無事に生まれ、母も蘇生(そせい)します。これを契機に、王は天竺から熊野に飛び去り、熊野権現となったのでした。由来を語った老女は幣帛(へいはく)を捧げて法楽(ほうらく)の舞を舞います。すると、幣帛の上に熊野権現に仕える護法善神が現れ、老女の頭を撫でます。この奇瑞に感動した老女に、護法善神は全ての願いを叶えるという熊野権現の言葉を告げて、去っていきました。

見どころ

「名取ノ老女」は熊野権現を陸奥・名取の里に勧請(かんじょう)したという伝承を下敷きにした能です。1464年の糺河原勧進猿楽(ただすがわらかんじんさるがく)音阿弥(おんあみ)(世阿弥の甥)が演じた記録が残っており、「護法(ごおう)」という曲名でも知られています。2016年に国立能楽堂が「名取ノ老女」(小田幸子・小林健二監修)として、最古本・観世元頼(もとより)本を基に復曲したもので、以後、上演が重ねられています。

 中世、名取は熊野三山が勧請された地として知られていました。中盤、老女が名取の地を熊野になぞらえて山伏に教える「名所教え」の場面では、名取の里の地名や情景が次々と挙げられ、地域色豊かな作品となっています。

 古代から熊野は熊野山を中心とした熊野信仰が盛んな地でした。通常の山岳信仰は女人禁制ですが、熊野権現は女性や子どもなど社会的弱者を救う神のため、女性の信仰が許されていました。本曲のシテが女性なのもその表れでしょう。

 本曲は(なぎ)の葉に神詠が虫食いとして表れる逸話を軸として仕立てられています。梛は熊野の神木で、その葉は魔除けとして用いられました。

 見どころは老女の法楽の舞。神を楽しませることが目的の舞で、老いを題材にした「老女物」の舞とは異なり、明るく親しみを感じさせます。結末には護法善神が勢いよく現れ、老女を祝福してめでたく終曲します。