能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 源氏供養 日本語

あらすじ

 石山観音を信仰する安居院(あぐ(ご)い)法印(ほういん)(ワキ)は、供の僧と連れ立って石山寺へと赴きます。その道すがら、里の女(前シテ)に声を掛けられます。石山寺で『源氏物語』を書いたことで名を得たが、その供養をしなかったため成仏できずにいると女は言い、法印に供養を頼みます。法印が紫式部なのかと問うと、はっきりと名乗らないまま女は姿を消します。

 石山寺に着き、自身の勤めを終えた安居院法印は、女との約束を守り、夜更けに『源氏物語』と紫式部の弔いをはじめます。すると、紫式部の霊(後シテ)が現れ、法印の弔いに感謝します。御布施(おふせ)の代わりに法印が舞を所望(しょもう)すると、紫式部の霊は光源氏の供養のために、世の無常や人生の(はかな)さを謡い舞い、極楽往生を一心に願います。光源氏と紫式部の供養が終わる頃、夜明けとなり、紫式部も成仏を確信します。

 思えば、紫式部は石山観音が仮に姿を現したもので、『源氏物語』も「この世は夢のように(はかな)い」と説くために書かれたものでした。

見どころ

 〈源氏供養〉は『源氏物語』の作者である紫式部が姿を現し、光源氏を供養する舞を舞う、三番目物(鬘物(かずらもの))の能です。

 仏教の教えから、物語とは(きょう)(げん)()(ぎょ)(いつわ)りを含み、(たく)みに飾った話)であり、物語を作ることは(もう)()(かい)(うそをついてはいけないという戒め)を(おか)すことだと捉えられることがありました。そうした思想を受けて、中世には紫式部は妄語戒を犯した罪で地獄に落ちたと考えられ、その供養が執り行われていました。

 〈源氏供養〉は曲名が表すとおり、『源氏物語』とその作者である紫式部に対する供養の場を舞台化した作品です。安居院法印は唱導(教えを説いて人々を導くこと)の上手と伝えられている僧で、本曲は法印が作ったと伝えられる『源氏物語表白』を踏まえて作られています。

 本曲の見どころは、「クセ」と呼ばれる紫式部の舞の場面です。詞章には『源氏物語表白』が利用され、世の無常と極楽浄土への導きを求める内容の中に、『源氏物語』五十四帖のうち二十六の巻名が織り込まれています。巻名を使った詞章に合わせて所作をするなど、文意に即した演技が特徴となっています。『源氏物語』の巻名に耳を傾けつつ、紫式部の霊の美しい舞をどうぞお楽しみください。