能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 日本語

あらすじ

 常陸国(ひたちのくに)(現在の茨城県)の僧(ワキ)が上京し、都の三条京極に到着します。僧は、『源氏物語』の光源氏が空蝉(うつせみ)を想って詠んだ「空蝉の身を変へてける木のもとになほ人がらの懐かしきかな(空蝉のごとく衣だけを残していった人の気配が懐かしいことだ)」という和歌を口ずさむと、どこからともなく女(前シテ)が現れます。女は一夜の宿として自宅を貸すから碁を打とうと誘うと、僧は『源氏物語』には中川の宿で空蝉が義娘・軒端(のきば)(おぎ)と碁を打つ場面があることを思い出します。女は自分こそが空蝉の亡霊であることをほのめかすと、姿を消します。

 京極辺りに住む男(アイ)が現れ、光源氏と空蝉の物語を語ります。

 夜、僧が空蝉を弔っていると、空蝉の亡霊(後シテ)と軒端の荻の亡霊(ツレ)が在りし日の姿で現れ、二人は碁の対局をします。勝負に負けた空蝉の亡霊は、寝所に忍んできた源氏に気づき、衣だけを残して逃げた昔を語って、源氏と空蝉の間にあったはかない恋の切なさや辛さを吐露します。そして、乱れた気持ちを抱えながら軒端の荻と舞を舞います。やがて僧が夢から覚めると、亡霊の姿は消えているのでした。

見どころ

 番外曲「碁」は、『源氏物語』帚木(ははきぎ)巻・空蝉巻を素材にした作品です。作者は佐阿弥(室町時代の能作者)と伝えられています。本曲は、長らく上演が途絶えていましたが、金剛流で昭和37年(1962年)に復曲され、観世流でも平成13年(2001年)に大槻能楽堂で復曲、初演され、以降たびたび上演されています。

 前場で僧が口ずさむ「空蝉の身を変へてける木のもとに…」の和歌は、光源氏が空蝉を想って詠んだ和歌です。空蝉は受領(地方官)伊予介(いよのすけ)の後妻です。『源氏物語』で、光源氏と空蝉は契りを交わしますが、二度目は空蝉が逃げて拒みます。そして、源氏は空蝉と間違えて軒端の荻(空蝉の義娘)と契りを交わしたのでした。衣だけ残して拒んだ様子を空蝉(蝉の抜け殻)に喩えられたのが、彼女の名の由来です。光源氏が邸を二度目に訪れた際、空蝉と軒端の荻が碁を打つ様子を垣間見た場面が、本曲の下敷きとなっています。

 本曲は空蝉と光源氏の恋のやるせなさや切なさを空蝉の側から描き、そこに空蝉と軒端の荻による碁の勝負を絡めたところに特徴があります。舞台上に碁盤の小道具が置かれ、実際に二人が碁を打つ所作をするほか、「ねばま」「(しちょう)」「(こう)立て」などの囲碁用語が詞章に織り込まれます。さらに詞章に『源氏物語』の巻名が巧みに散りばめられています。なお『源氏物語』では軒端の荻が碁に負けますが、能では空蝉が負けます。二人の女性の囲碁の対局の場面や、寝所に衣を残す場面など『源氏物語』空蝉の巻を再現する演出も見所です。『源氏物語』の世界を髣髴(ほうふつ)とさせる作品を、ゆっくりお楽しみください。