能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 雨月 日本語
あらすじ
西行(ワキ)は京都の嵯峨野を出発し、大阪の住吉明神に参詣します。到着したのは日暮れ時です。釣り殿のあたりで庵を見つけた西行は、宿を借りようと声をかけます。庵には老夫婦が暮らしていました。この庵の軒端の屋根は変っていて、月を好む姥(ツレ)のため軒の半分は板を葺かず、雨を好む尉(前シテ)のため雨音がするように板を葺いてあるのです。月か雨か、老夫婦は西行にどちらを好むか尋ね、さらに「賤が軒端を葺きぞ煩ふ(粗末な庵の軒端を葺くのに困っている)」という下の句に、上の句をつけることを宿泊の条件として出します。西行は少し思案して「月は漏れ、雨は溜まれととにかくに(月明かりは漏れてほしいし、雨は漏れずに音を立てて溜まってほしい…と、あれこれと思い)」と詠みます。老夫婦はその歌に感心し、西行を庵へと招き入れます。時雨のような松風、その風で散る落葉、砧の音、十五夜の満月、美しい秋の夜を存分に堪能して、西行と老夫婦は眠りにつきます。
末社の神(アイ)が現れ、老夫婦が住吉明神の化身であったと語ります。さらに住吉明神は、神社の番をする老人に憑き、西行のために再び出現されると告げます。
住吉明神の憑いた宮守の老人(後シテ)が現れ、和歌の徳を賛美し舞います。さまざまな事象が和歌の源であることを告げると、住吉明神は天上界へ上がり、宮守の老人は正気に戻ったのでした。
見どころ
西行(1118-1190)は、平安時代末から鎌倉時代初期に生きた僧です。そもそもは鳥羽院に仕える武士で、佐藤義清(憲清とも)と言いました。23歳で出家し、諸国を行脚しつつ数々の和歌を詠みました。『新古今集』には入集した歌人の中で最多の94首がとられている、和歌の達人です。
能〈雨月〉は、西行の著作と思われていた鎌倉時代の仏教説話集『撰集抄』巻5に見える、時雨が降り雨漏りで困っている尼と連歌の付け合いをした話に取材しています。
優れた歌人西行と和歌の神・住吉明神の化身である老夫婦との束の間の出会い、そして西行を祝福する住吉明神の舞、〈雨月〉は、和歌と風雅な心を賛美する作品と言えるでしょう。
後半の主役は、神社の番をする老人に憑依した住吉明神です。その装束には、宮守の老人の出立と住吉明神の出立との二通りがあり、憑依されている側と憑依した側、どちらに重きを置くかで演出が異ります。宮守の老人の出立では、結い上げた尉髪に翁烏帽子。憑依している住吉明神を強調する場合には、肩まである白髪を結い上げずに垂らす白垂に初冠です。また、手に携える持ち道具も、幣(白い紙を段々に切り竹や木に挟んだ神事に用いる道具)と木綿付の榊(常緑樹の枝)の場合とがあります。
住吉明神が宮守から離れたことは、幣また扇を上に上げるか、後へ投げ捨てる所作で表現されます。終曲部にもご注目ください。