能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 女郎花 日本語
あらすじ
九州松浦(長崎県松浦市)の僧(ワキ)が都見物のために京都へ旅立ちます。途中、京都の南西、男山に鎮座する石清水八幡宮(京都府八幡市)へ詣でることにします。
男山の麓の野辺に咲く秋草の中に、一際色鮮やかな女郎花が咲いていました。僧は仏前に供えるため一本摘んで帰ろうとします。
すると、どこからともなく花の番人と名乗る老人(前シテ)が現れ、摘んではならないといいます。僧と老人は女郎花にまつわる漢詩や和歌を引いて、女郎花を摘むことの是非を論争します。僧の受け答えに心を許した老人は、一本だけなら摘んでもよいといいます。
老人は僧を石清水八幡宮の境内へ案内します。僧が男山と女郎花の関わりについて尋ねると、老人は男塚・女塚という並び立つ二つの古塚を僧に見せます。そして自分は小野頼風の亡霊であるとほのめかして消え失せます。
里人(アイ)のすすめに従って、僧は経を読み、頼風夫婦を弔います。すると小野頼風(後シテ)とその妻(ツレ)の亡霊がありし日の姿で現れます。夫婦は僧の弔いに感謝し、二人して命を絶った顛末を語ります。
そして地獄に堕ち苦しんだことを語り、夫婦共に極楽へ生まれ変われるよう弔ってほしいと言い残して、姿を消したのでした。
見どころ
この能は、紀貫之が著した『古今和歌集』仮名序にある「男山の昔を思ひ出でて、女郎花の一時をくねる」という一文にまつわる伝説を舞台化した作品です。仮名序にはさまざまな伝説が伝わり、頼風夫婦の伝説は中世に記された『三流抄』という注釈書に残るものです。
前半は女郎花にまつわる和歌や漢詩を引用しての、僧と老人の知恵比べが聞きどころとなります。
「秋の七草」の一つ、細く伸びた茎に黄色の細かな花をつけるオミナエシ。その可憐な姿と「をみな(女性)」の音から、古典の世界では若い女性のたとえに用いられてきました。僧と老人の問答に引かれる詩句にも、「偕老を契る」(男女が愛を誓う)、「名に愛でて折れるばかりぞ女郎花われ落ちにきと人に語るな」(名前の面白さに折っただけだから、堕落したなどと言わないでほしい)、といった妖艶なイメージがつきまといます。また遍昭の歌の「秋の野に艶めき立てる女郎花あなかしがまし花も一時」のように若い時代のはかなさの象徴としても詠まれてきました。
後半は頼風が地獄の有様を語る場面で、剣の山を登り身を砕くさまを演じてみせるのが見どころとなります。
終曲にあたり、女郎花は極楽の蓮と二重写しになり、頼風夫婦のすれ違いの象徴であった女郎花が極楽往生への手がかりとなることを予感させて能は終わります。