能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 白楽天 日本語

あらすじ

(とう)(中国)の詩人・(はく)楽天(らくてん)(ワキ)が供(ワキツレ)を伴い、海を渡って日本にやってきます。唐の太子に「日本の知恵を計るように」と命じられたためです。北九州の海に到着した白楽天は、近づいてくる舟を見かけ、何気なく呼び止めます。

 舟には、漁師の老人(前シテ)と男(ツレ)が乗っています。白楽天は、老人が自分の名を知っていることに驚き、問いかけます。すると老人は、日本でも白楽天が有名であること、唐に詩があるようにこの国には和歌があり、人々が楽しんで詠むということを教えます。さらに和歌の素晴らしさを讃えて、「舞楽を舞って見せましょう」と言い残し、姿を消します。

 老人と入れ替わるように住吉(すみよし)明神(みょうじん)に仕える末社(まっしゃ)の神(アイ)が現れ、これまでの経緯を語り、舞を舞うと立ち去ります。

 やがて住吉明神(後シテ)が登場して、舞楽を披露します。そして、神の国である日本を従えることなどできないのだと白楽天をたしなめ、帰国をすすめます。すると神風が吹き、白楽天が乗る船は唐へ押し戻されたのでした。

見どころ

 住吉(すみよし)明神(みょうじん)は日本神話に登場する海の神です。(じん)(ぐう)皇后(こうごう)が海を渡って戦争に向かった時、この神が皇后を助けたという話があり、海の平和と安全を守る神として古くから信仰を集めていました。それが、時代が下り、物語の中で和歌による託宣(たくせん)(お告げ)の場面が描かれるようになると、和歌の神としても信仰されるようになります。

 〈(はく)楽天(らくてん)〉という曲は、このような背景を持つ住吉明神が、海外から迫りくる脅威を、和歌と神の力によって追い払うという内容です。ワキの白楽天は、「長恨歌」(唐の玄宗皇帝と絶世の美女(よう)()()とのロマンスを詠んだ詩)で知られる、中国を代表する詩人です。白楽天が日本に来たという事実はありませんが、その詩は日本に伝わり、貴族を中心とした人々の間で、必要不可欠な教養としてよく読まれていました。日本から見れば、白楽天は手本のような存在で、日本の知性を試そうとやってくるのですから、日本の教養人にとってはプライドに関わる事件でしょう。そこで、和歌の神であり海防の神でもある住吉明神が、日本の誇りを守るため立ち上がったともいえるでしょうか。

 現在は、中盤に間狂言(あいきょうげん)がありますが、過去には間狂言がなく、前シテの漁師の老人が舞台の上で後シテの住吉明神に変身するという演出方法を取っていたという説もあります。