能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 鍾馗 日本語
あらすじ
帝都へ向かう旅人(ワキ)は、唐土・終南山(長安の南)の麓の出身です。皇帝に奏聞するために旅をする途次、ひとりの里人(前シテ)に呼び止められます。里人は「私は悪鬼を滅ぼし国土を守護する誓いを立てた。皇帝が善政を行っているならば、宮中に現れて瑞相を見せよう。その旨を奏上してほしい」と言います。不思議に思った男が、里人の素性を尋ねると、里人は「自分は進士(官吏)の試験に落第し命を絶った鍾馗である」と答え、奇瑞を示して姿を消します。
終南山の麓に住む男(アイ)が、鍾馗の来歴を語ると、彼の回向をしながらその奇特を待つように告げます。旅人が鍾馗を弔っていると、宝剣を携えた鍾馗(後シテ)が現れます。鍾馗は宮中に忍んでいる鬼神を退治し、国土守護の誓いを果たします。
見どころ
鍾馗は、中国において病魔を祓う神として信仰されていました。日本では、端午の節句で鍾馗の姿を描いた絵や人形を飾り、子どもの健康を願う習俗が知られています。疫鬼を退治する善神を描く国宝「辟邪絵」(平安〜鎌倉時代)に、小鬼を掴んで目をくりぬこうとする鍾馗像があります。本曲のシテ・鍾馗の、鬼を退治する恐ろしい鬼神というキャラクターと通じます。
本曲では詳しく語られませんが、鍾馗は、進士(官吏)試験の落第を嘆き、宮殿の階段で頭を打ち砕いて命を絶つという、壮絶な最期が知られています。詞章に「我は鍾馗といえる進士なるが…」とあるのは、死後、皇帝から贈官されたことを前提にしています。
作者は金春禅竹(世阿弥の娘婿)と推定されています。前場では、「一生は風の前の雲…」と世の無常と鍾馗の悲哀が謡われる場面があり、悲運の秀才・鍾馗の詠嘆が強調されます。この部分は世阿弥の音曲伝書『五音曲条々』に人の世の悲哀を謡う謡としてあげられており、元来、独立した謡い物であったものを本曲が取り込んだと考えられています。
後場の見どころは鍾馗の豪快な動きです。後シテは剣を携えた勇ましい姿で登場し、結末では剣を抜いて邪鬼を切り裂く力強い演技を見せます。