能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 井筒 日本語

あらすじ

  旅の僧(ワキ)が秋の月の美しい夜に石上(いそのかみ)(奈良県)の(あり)(わら)(でら)を訪れ、昔、この近くに住んでいた在原業平(ありわらのなりひら)とその妻であった(きの)(あり)(つね)の娘を懐かしみ、供養をします。そこへ里の女(前シテ)が現われ、墓に花水を供えると、墓の主が業平であることを僧に教え、業平と有常の娘の恋物語を語り始めます。

 夫婦となった業平と有常の娘でしたが、業平は河内(かわち)の国(たか)(やす)(大阪府)の女のところへ通い始めてしまいました。しかし有常の娘は、女の元に通うために龍田山の夜道を行く業平の身を心配する歌を詠み、それを知った業平は高安の女の元へは行かなくなりました。また、幼なじみだった業平と有常の娘は井筒の周りで遊んで育ち、成長すると業平は娘に歌を送り、結婚を申し込み、娘は承諾の返歌をしました。

 このように語り終えると女は、自分こそ有常の娘で「井筒の女」とも呼ばれていると明かし、井筒の陰に姿を消します。

 近所の男(アイ)から二人の詳しい話を聞いた僧が、夢での再会を待ち眠りにつくと、業平の(かた)()の衣と(かんむり)を身につけた有常の娘の霊(後シテ)が現われます。霊は静かに舞を舞い、井筒の水面に映る自分の姿をじっと見つめ、業平を(しの)びますが、夜が明けるとその姿は消え、僧の夢も覚めるのでした。

 小書(こがき)(特別演出)「物着(ものぎ)」では、前シテの里の女は幕へ退場せず、舞台左奥の後見座(こうけんざ)に控え、ここで後半の装束の準備をします。舞台の上で装束を着けることを「物着」と言います。近所の男(アイ)は登場せず、物着の間、囃子方が「物着アシライ」と呼ばれる囃子を演奏します。

見どころ

 秋の夜の寂しい古寺を舞台に、(きの)(あり)(つね)の娘の[在原業平ありわらのなりひら]に対する恋慕の情が、過去から現在へと時空を越えてよみがえってきます。能を大成した()()()の自信作であり、()(げん)(のう)の代表曲。

 〈井筒〉の題材は『伊勢物語』17・23段ですが、その段の主人公を在原業平、女を紀有常の娘とみなす中世の『伊勢物語』の解釈に基づいて作られています。

 前半の山場は、里の女が業平と有常の娘の幼い恋と結婚後の出来事を語る場面です。最初に、結婚した後に有常の娘が「風吹けば、(おき)つ白波[龍田山たつたやま]、[夜半よわ]にや君がひとり行くらん」と歌を詠んだ出来事が語られ、その後に幼い頃の業平と有常の娘の物語となり、業平の「(つつ)井筒(いづつ)、井筒にかけしまろがたけ、()いにけらしな(いも)見ざる間に」という求婚の歌と、有常の娘が「比べ()し、[振分ふりわけ](がみ)も肩過ぎぬ、君ならずして(たれ)かあぐべき」と結婚を受け入れた、愛の成就の物語へ続きます。里の女が少しずつ昔を思い出し、記憶を(さかのぼ)りながら語っているような印象があります。

 後半は、有常の娘の亡霊が業平の形見の衣(直衣(のうし))を着けて舞う「(じょ)(まい)」が中心です。娘のひたむきな恋慕が込められています。霊が井筒を覗き込むシーンは、舞の後の名場面。囃子の響きにもご注目ください。