能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 須磨源氏 日本語
あらすじ
日向国(現在の宮崎県)宮崎神宮の社官・藤原興範(ワキ)は伊勢神宮へ参詣することにします。その途中で、摂津国(現在の大阪府・兵庫県の一部)須磨の浦に立ち寄ります。そこで若木の桜を眺める老人(前シテ)と出会った興範は、老人から、若木の桜が『源氏物語』の主人公・光源氏にゆかりがあることや、栄華を極めた光源氏の物語を聞きます。若くして出世した光源氏は、朧月夜と契りを交わしたことがきっかけで、都を立ち去り、須磨、明石に下ることになりました。しかし、やがて都に呼び戻され、太上天皇に並ぶ地位にまで上りつめたというのです。そして、自分こそが、その光源氏であると正体をほのめかします。源氏は今は兜率天(天界のひとつ)に住んでおり、月が出る今夜、霊験を見せようと言い残して姿を消します。
月夜になり、興範は須磨の浦で旅寝をします。すると、どこからともなく妙なる管弦の音が鳴り響き、光源氏の霊が在りし日の姿で天から顕れます。かつて須磨の浦に住んでいた源氏の霊は、浦の美景を讃えながら、昔を偲びつつ、気品ある舞を舞います。この地の衆生を助けるために天から降りてきたのだと告げた源氏の霊は、春の夜明けとともに姿を消すのでした。
見どころ
「須磨源氏」は、『源氏物語』の主人公・光源氏が須磨の浦に住んだ時期を素材にした作品です。前場の「若木の桜」は、源氏が須磨の住居に植えた木です。『源氏物語』須磨巻には、光源氏が「若木の桜」を眺めながら、都を思い出して涙する場面があります。本作品でも「若木の桜」をきっかけとして老人が過去を思い出します。前場の聞かせどころは、桐壺・帚木・空蝉などの『源氏物語』の巻名が織り交ぜられた謡です。この場面で光源氏の栄華が語られます。
須磨の浦は「月」の名所。須磨の月夜を描く後場では、光源氏の霊が住む「兜率天」と「月」が重ね合わせられています。「兜率天」は衆生(人間)を救う弥勒菩薩がいる場所であり、光源氏の霊は弥勒菩薩のイメージが投影されているのです。
後場にみられる「青海波」は舞楽の名前です。『源氏物語』紅葉賀巻には、紅葉が散るなかで「青海波」を舞った光源氏の姿は、この世のものとも思われぬ美しさだったと描かれます。後場の眼目である早舞は、「青海波」を舞う光源氏を想起させることでしょう。
なお、ワキの藤原興範は『後撰和歌集』に和歌が入集している平安時代の貴族です。宮崎神宮の社官という設定は、本作品の創作のようです。
作者は不明ですが、能楽の大成者・世阿弥の手が入っている可能性が指摘されています。