能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 浮舟 日本語
あらすじ
『源氏物語』の世界。薫中将は、愛する女性・大君の死後、その異母妹・浮舟と出会い、大君の面影をのこす浮舟に心惹かれてゆきます。京都の南 宇治の里へと浮舟を隠し住まわせ、浮舟のもとへと通う薫でしたが、その噂を聞きつけた薫のライバル・匂宮もまた、浮舟のもとを訪れるようになります。二人の間で板挟みとなった浮舟は、思いの余り心乱れ、ついに死を選ぼうとさえするのでした……。
京へと向かう旅の僧(ワキ)が 宇治の里にさしかかると、そこへ小舟に乗った女(前シテ)が現れます。世に流されゆく身を憂い、儚き身の果てを嘆く風情の女。女はためらいつつも、この里が浮舟の悲しい恋物語の舞台であることを僧に教えます。彼女は、浮舟の苦悩の日々を語ると、都の北 小野の里で待つと告げ、姿を消してしまいます。
僧の前に宇治の里の男(アイ)が現れ、浮舟の話を語り、供養を勧めます。小野の里を訪れた僧が経を手向けていると、そこへ浮舟の霊(後シテ)が現れます。思いの余りに心乱れ、今なお苦しみの世に迷いつづける様子を見せます。かつて二人の貴公子の間で板挟みとなったすえ、死を決意するに至った浮舟は、そのときの苦悩を語りつつ、救いを願います。しかしやがて弔いの力によって執心は晴れ、天界に生まれ変わる身となったことを明かすと、浮舟は消え失せてしまいました。
見どころ
この能は、『源氏物語』宇治十帖を題材とする作品です。宇治十帖には、浮舟が源氏の次の世代の貴公子である薫中将と匂宮の二人の間で板挟みとなった悲しみが描かれています。一方、浮舟は死後もなお愛の苦しみに縛られ続けていた──というのが、この能の世界です。浮舟の霊は入水を決心した時と同じように、今また湧き起こってくる狂気に苦しめられつつ、悲しみに満ちた恋の記憶を語ります。しかし最後には、かつての横川僧都が助けたように、通りかかった旅の僧によって助けられ、天界に生まれ変わる身となります。死してなお繰り返される彼女の苦悩と救済の物語が、この能には描かれています。
前半の山場は、女が浮舟の物語を僧に語り聞かせる場面です。女と地謡によって、薫と匂宮の間で苦しむ浮舟の姿が描かれます。前半は宇治、後半は比叡山麓の小野というように、舞台となる場所が変わります。後半の見どころは、死してなお物怪に憑かれたように、うつつないよう様子を見せる浮舟の霊の姿です。僧の供養によって救われる浮舟の霊の喜びは結末のテンポのよい謡によって表現されます。