能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 紅葉狩 日本語

あらすじ

 信濃(しなの)の国戸隠山(とがくしやま)(長野県)は紅葉の盛り。美しい女(前シテ)が侍女たち(ツレ)を伴い紅葉狩に出かけ、紅葉の木陰で休んでいます。

 その近くを武将の平維茂(たいらのこれもち)(ワキ)が従者(ワキツレ)と勢子(せこ)(猟で獲物を追い込む役の人、ワキツレ)を率いて、馬で通りかかります。人影が見えたので維茂は、従者に様子をうかがいに行かせます。従者は女の召使い(アイ)から、身分の高い女の宴であることを聞き出します。そこで維茂は失礼のないようにと、馬から降りて通り過ぎようとしますが、美しい女に袖を引かれ、酒宴に加わります。酒を勧められて、女の優美な舞に見とれているうちに眠ってしまいます。あたりが次第に暗くなり、空が荒れてきました。女たちは寝入っている維茂に「夢を覚ますな」とささやき、姿を隠しました。

 維茂の夢に八幡神(はちまんしん)に仕える武内(たけうち)(しん)(アイ)が現われます。神は、先の女たちが戸隠山の鬼であると告げ、太刀を授けて、目を覚ますようにうながします。

 維茂が起きると、稲妻が走り雷鳴も轟く中、風が吹き荒れ、恐ろしい鬼(後シテ)が出現。鬼は岩の上や空から炎を放って維茂を威嚇しますが、維茂は落ち着いて心の中で八幡神に祈り、立ち向かいます。激しい戦いの末、維茂は見事に鬼を退治したのでした。

見どころ

 美しく優しげな女性が実は鬼だった・・・。〈紅葉狩〉は、長野県戸隠山の鬼退治を舞台化した観世小次郞信光(かんぜこじろうのぶみつ)(室町時代末期の役者)の作品です。恐ろしい鬼がいきなり現れて武将と戦うというのではなく、美女に変身した鬼が武将を誘惑し、隙を見て襲うという趣向。

 その趣向の中心が、鬼の化けた怪しい美女たちの二つの舞です。謡を伴った曲舞(くせまい)には、どこか妖艶な雰囲気が漂います。囃子に合わせた舞は、初めはゆったりと優雅な趣ですが、急にテンポが早く、激しくなります。何かが起きそうな、ただならぬ予感、緊張が高まる場面です。そのようなテンションのまま、鬼の出現と維茂との戦いの場面へと展開します。最後まで見どころが続きます。

 平維茂は平安中期の武勇に優れた武将で、信濃守(しなののかみ)(信濃国の長官)に任じられたこともあったので、〈紅葉狩〉の登場人物に選ばれたのかもしれません。維茂の活躍も見どころです。維茂は「余五(よご)将軍(しょうぐん)」とも呼ばれており、〈紅葉狩〉の別名もその活躍にふさわしく〈余五将軍〉といいます。

 小書(こがき)(特別演出)「鬼揃」は、後半に出現する鬼の人数を増やし、揃って登場する演出。恐ろしさも倍増しますが、舞台装置の紅葉の山を背景に、多くの人物が登場するので、華やかな印象も与えます。