能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 春日龍神 日本語

あらすじ

 入唐渡天(にっとうとてん)…唐(中国)へ入り、さらに天竺(インド)へと渡り、仏跡を尋ねる…の志を持つ栂尾(とがのお)(京都府)の明恵(みょうえ)上人(ワキ)は、しばらく日本を離れるので春日社(奈良県)へ向かいます。

 春日社で出会った宮守の老人(前シテ)に参詣の理由を伝えると、老人は思い止まるよう明恵上人を説得し始めます。明恵上人が日本を離れることは、春日明神の神慮に叶うことではないと言う老人。さらに、入滅後の今インドへ渡っても釈迦の説法を聴聞できないのだから、春日の地を仏跡と見なして拝すればよいと(さと)します。

 老人の説得を神託と感じ、思い止まることにした明恵上人は、老人に何者かと問います。すると老人は、三笠山に天竺を移して釈迦の生涯を見せることを約束し、時風(ときふう)秀行(ひでゆき)と名乗ると、忽然と姿を消してしまいます。

 霊夢を(こおむ)った春日社の社人(アイ)が明恵上人に神託を告げにやって来ます。社人が春日社の縁起を語ると、春日野が金色に輝き、草木が仏の姿へと変化します。そこへ龍神(後シテ)が出現し、八大龍王をはじめ諸王や龍女が参集する霊鷲山での釈尊の説法の場を、明恵上人に見せます。釈迦の生涯をすべて見せた龍神は、明恵上人に入唐渡天の意志がもはやないことを確認し、猿沢の池へと姿を消すのでした。

見どころ

 〈春日龍神〉は、明恵上人(みょうえしょうにん)の仏教聖地巡礼を思い止まらせるために、霊鷲山(りゅうじゅせん)での釈迦(しゃか)の説法を見せ、春日の地が釈迦の浄土であることを示す、壮大な物語です。日本固有の神への信仰とインド伝来の仏教を融合する「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」という思想に基づき、仏や菩薩(本地仏(ほんじぶつ))が日本の神の姿で現れると考える「本地(ほんち)垂迹(すいじゃく)(せつ)」を背景としています。

 ワキが演じる明恵上人(1173-1232)は鎌倉前期の華厳宗の僧で、高山寺(京都市右京区。山号、栂尾山)を再興した人物であり、春日社を厚く信奉したことも知られています。明恵上人の入唐の志を春日明神が制止したとする話は、『古今著聞集(こきんちょもんじゅう)』『沙石集(しゃせきしゅう)』等の説話に見られます。

 前半の見どころは、宮守の老人が明恵上人を説得する場面です。重々しく力のこもった謡は聞きどころでもあります。

 後場の中心は、釈尊の生涯の中でも『法華経』序品に見える釈迦の霊鷲山での説法です。龍神の力強い演技が見どころです。春日社の龍神信仰の流布が色濃く表れている〈春日龍神〉では、聴聞に参集した龍神に焦点が当てられ描かれています。その側面をさらに強調する小書(こがき)(特別演出)として、龍女(ツレ)を登場させる「龍女之舞」(観世流)や、複数の龍神(ツレ)を登場させる「龍神揃」(金剛流、宝生流)があります。