能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 巴 日本語
あらすじ
源平合戦の時代。木曽の山中から兵を挙げた木曽義仲は、破竹の勢いで京都へ攻め上り、平家を追い落とすことに成功しました。
ところが彼は京の人々と価値観が合わず、次第に孤立してゆきます。やがて源義経らの軍に追われた彼は、琵琶湖畔粟津原で討死して果てたのでした。木曽の挙兵以来つねに義仲に仕えていた女武者・巴御前は、落ち延びるよう命じられたと伝えられています。
その源平合戦から遥かに隔たった、あるとき。木曽の山家から都を目指す、僧の一行(ワキ・ワキツレ)がいました。一行が琵琶湖畔粟津原にさしかかると、松蔭に祀られた神のもと、一人の女(前シテ)が涙を流しています。ここで祀られていたのは木曽義仲。女は義仲を慕い、同郷の縁で経を手向けてくれと頼むと、自分はある人物の幽霊だと明かし、姿を消してしまいます。実は彼女こそ、巴御前の霊だったのでした。
その夜、僧の眼前に巴御前の霊(後シテ)が武者姿で現れ、武勇に勝れながらも最後には運尽き自害して果てた主君・義仲の記憶を語ります。彼女は、義仲と死を共にすることを許されなかったのが今なお心残りなのだと明かし、義仲への最後の奉公として果敢に戦った様子を再現して見せます。
そして、義仲の形見を持ってひとり木曽へと落ち延びていった無念を語り、執心からの救済を願うのでした。
見どころ
この作品の主人公・巴御前は、『平家物語』に登場する人物です。木曽義仲に仕え、抜群の美貌をもちながら武勇にすぐれていた女武者として、今なお高い人気を誇っています。
その巴御前が長刀を手に獅子奮迅のはたらきを舞台上に繰り広げた一方で、武者としての生涯を全うすることができなかった身を嘆き、後ろ髪を引かれつつ落ち延びてゆく哀愁の姿を見せるというのが、この能のみどころとなっています。
作中、巴は義仲とともに死ねなかったことを繰り返し悔やみ、「女とて御最期に、捨てられ参らせし」と嘆きます。普通、男が女を「捨てる」といえば、それは愛の対象としての“女”として見られなくなった時でしょう。
しかし巴は逆に、女の身ゆえに最期の供を許されず、武者として生涯を全うすることができなかったことを「捨てられた」と悔やんでいるのです。それこそが、彼女の人生のあり方でした。
巴御前は作中において、他ならぬ木曽出身の僧たちに回向を依頼し、それも自分の身よりもまず義仲を弔ってくれと頼みます。
せめて生き残ってほしいと思い、落ち延びることを命じた義仲。その心を知りつつも、義仲とともに討死できなかったことを、今も後ろめたく感じている巴御前。主君への愛情と忠誠心を持ち、美しく戦う女武者の姿にご注目下さい。