能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 大原御幸/小原御幸 日本語

あらすじ

 平家滅亡に至った壇ノ浦(だんのうら)の戦いで、平清盛(たいらのきよもり)の娘であり高倉帝の中宮であった建礼門院(けんれいもんいん)は、幼い我が子・安徳帝(あんとくてい)とともに壇ノ浦の海へ入水しましたが、源氏の武士に救出され命を長らえます。その後、仏門に入った建礼門院は、大納言の(つぼね)阿波(あわ)内侍(ないし)と共に、都に近い大原の寂光院(じゃっこういん)で平家一門を弔いながら静かに余生を送っています。

 ある日、後白河法皇が建礼門院のもとを訪れることになり、臣下(ワキツレ)が従者(アイ)に道を整えさせます。建礼門院(前シテ)は大納言の局(ツレ)と仏前に備える(しきみ)を摘みに出かけ、庵には阿波の内侍(ツレ)が居残っていました。そこへ、後白河法皇(ツレ)が万里小路中納言(までのこうじちゅうなごん)(ワキ)と輿担(こしかつ)ぎ(ワキツレ)らを従えて現れます。やがて、山から戻った建礼門院(後シテ)と大納言の局(ツレ)は、久しぶりに法皇と再会し、昔を思い出して涙します。建礼門院は、人間が死後も廻り続ける六つの迷いの世界、「六道(ろくどう)」を生きながらに見たと噂されていました。法皇がそのことについて尋ねると、建礼門院は平家滅亡の有様を六道になぞらえて語りだします。次いで法皇が、安徳帝の最期について語るよう所望(しょもう)すると、建礼門院は、安徳帝が祖母の二位殿に導かれて入水したことを語ります。

 やがて中納言に(うなが)され、法皇は都に帰っていきます。建礼門院は一行を見送り、また庵の中に戻るのでした。

見どころ

 『大原御幸』は、源平の合戦を描いた『平家物語』の最終巻、「灌頂巻(かんじょうのまき)」に取材した曲です。優美な女性をシテとする「三番目物」と呼ばれる能の中で、唯一シテの舞が無い曲で、シテの語りが重要な役割を果たします。そのため、本曲は本来謡い物として作られたのではないか、との説もあります。

 『平家物語』「灌頂巻」は、壇ノ浦の戦いの後の建礼門院徳子を描いた巻です。その内容は、大原の寂光院を訪れた後白河法皇に、建礼門院が平家滅亡の有様を語り、その後極楽往生を遂げるというものです。『平家物語』を語り伝えた琵琶法師の流派の中には、この巻を秘伝としているところもあり、「語り芸」である琵琶法師のまさに最大の腕の見せ場とされていたのでしょう。

 一番の聞きどころは、建礼門院による平家一門の最期の語りです。特に、安徳帝が入水する場面は涙を誘います。この語りは、後白河法皇がその聞き手となって、建礼門院の語りを引き出しています。尼の姿で達観したかのように静かに語る建礼門院ですが、平家の最期を思い出させる法皇の問いは、とても残酷なものです。建礼門院は平家の有様を「六道(ろくどう)」に例えて語りますが、「六道」とは、すべての人間が生前の業因によって生死を繰り返す六つの迷いの世界―地獄・餓鬼(がき)畜生(ちくしょう)阿修羅(あしゅら)・人間・天上―を指します。

 建礼門院によって語られる平家滅亡の有様。その語りの世界をご堪能ください。