能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 海士/海人 日本語

あらすじ

 藤原房前(ふじわらのふさざき)の大臣(子方(こかた))が、家臣たち(ワキ・ワキツレ)を引き連れ、亡き母の供養のために讃岐国(さぬきのくに)志度(しど)の浦房前(ふさざき)(香川県)を訪れます。そこへ海人の女(前シテ)が現れ、海に潜って海松藻(みるめ)(海藻)を刈ろうとし、かつてこの浦の海人が龍神に奪われた宝珠(ほうじゅ)を取り返したことと、宝珠の由来を次のように語ります。

 昔、淡海公(たんかいこう)藤原不比等(ふじわらのふひと))の妹が(とう)の皇帝の(きさき)になり、藤原氏の氏寺興福寺(こうふくじ)に「華原磐(かげんけい)」「泗浜石(しひんせき)」「面向不背(めんこうふはい)の玉(宝珠)」の宝物が贈られました。しかし「面向不背の玉」は龍神に奪われたので、淡海公は浦を訪れ、浦の海人と(ちぎり)を交わします。その二人の間に生まれたのが、今の房前の大臣なのです、と。

 物語を聞いた房前は自ら名乗り、母を(しの)び涙を流します。そして海人は宝珠の奪取の様子を仕方話(しかたばなし)に語ります。

 淡海公に宝珠の奪取を頼まれた海人は、引き換えに子を世継ぎにするように願い、海に潜って龍宮の宝珠を命を投げ打って奪い返します。やがて海人は、自分こそその海人、房前の母の幽霊であると明かし、手紙を房前に渡して、海中に消え失せました。

 浦の男(アイ)から海人の子細を聞いた房前は、手紙を読み、先の海人が母であると確信。母のために管絃(かんげん)法要(ほうよう)をすると、龍女(りゅうにょ)の姿の母(後シテ)が現れ、供養を感謝、舞を舞います。龍女は法華経の功徳(くどく)を称え、経文の龍女成仏(りゅうにょじょうぶつ)の通りに自らも成仏をしたことを述べます。この法要が志度寺(しどじ)法華八講会(ほっけはっこうえ)の始まりとなったのでした。

見どころ

 能〈海士(海人)〉は母子の強い愛情と、仏教における龍女(りゅうにょ)成仏(じょうぶつ)奇瑞(きずい)を描いた作品。

 舞台となるのは瀬戸内海に面した香川県さぬき市志度(しど)の浦。ここには四国八十八ヶ所霊場の第八十六番札所にあたる志度寺があります。この古刹(こ さつ)に伝わるのが『讃州(さんしゅう)志度(しど)道場(どうじょう)縁起(えんぎ)』で、大臣藤原房前(ふじわらのふさざき)の出生と海人の玉取り物語が語られており、能の素材の一つになっています。

 能の前半の見どころは、海人が宝珠を奪い返す場面「(たま)(だん)」。変化に富んだ(ふし)の謡と所作がぴったりと合った仕方話(しかたばなし)です。

 龍女の舞う「(はや)(まい)」も見どころ。後半の舞の場面には、龍女が男子に変じて、観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)の浄土に転生した法華経(ほけきょう)の教義がふまえられています。荘厳な法要(ほうよう)の様子と龍女が成仏していくことが、謡だけでなく舞によっても表現されます。

 「玉ノ段」や舞を中心に、小書(こがき)(特別演出)が数多くあり、龍女が経巻(きょうかん)懐中(かいちゅう)して舞い、最後に大臣に経巻を渡すなどします。ほかに、龍女の装束(しょうぞく)(衣装)を白色に統一する、非常に大きな龍の飾り、または白蓮を冠に付ける、仮髪(かはつ)を赤や白などに変える、より強い表情の(おもて)に変えるなどと、様々な演出の工夫がなされます。舞の種類を変えたり、笛の旋律、所作等にもいろいろな変化がつきます。