能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 舎利 日本語

あらすじ

 出雲国(いずものくに)(島根県)の美保(みお)の関からはるばる都へやってきた旅の僧(ワキ)が、京都東山(ひがしやま)泉涌寺(せんにゅうじ)へ参詣します。この寺には牙舎利(げしゃり)と呼ばれる釈迦(しゃか)の遺物(歯)が宝物として伝わっています。運のいいことに、今日は牙舎利が一般に公開される開帳の日にあたります。寺を案内してくれた寺男(アイ)にすすめられた僧は、舎利が納められた舎利殿(しゃりでん)を参拝することに決めます。僧が舎利を前に感激していると、怪しげな雰囲気の男(前シテ)がやってきます。男は舎利が見たいと言って僧とともに舎利を拝み、そのありがたさを尊びますが、突然男の顔色が変わります。男は、自分は昔、舎利を奪った足疾鬼(そくしっき)の執心と名乗り、みるみるうちに鬼の姿に変身すると、舎利を奪って天井を蹴破(けやぶ)りどこかへ飛び去ってしまいました。

 大きな物音に驚いた寺男が、僧のところに駆けつけます。僧から話を聞いた寺男は、かつて釈迦が亡くなる時にも足疾鬼が現れ、舎利を取って逃げたという故事を語ります。その舎利は韋駄天(いだてん)によって取り返されてのち、泉涌寺(せんにゅうじ)に納められました。今また奪われたのは、その時の舎利です。今度も、舎利を奪還しようと韋駄天(ツレ)が現れます。韋駄天は天上世界の隅々まで足疾鬼(後シテ)を追い回し、捕らえて打ち据え、舎利を取り返したのでした。

見どころ

 この能は、「舎利(しゃり)」という仏教の宝物をめぐる物語です。舎利とは、釈迦(しゃか)の遺骨を意味する仏教の言葉です。〈舎利〉の舞台、泉涌寺(せんにゅうじ)の仏舎利は室町時代に有名になり、天皇や足利(あしかが)将軍(しょうぐん)も参拝しました。〈舎利〉はそういった歴史的背景のもとに作られていると考えられます。

 能力(のうりき)が語るのは、「涅槃(ねはん)」と呼ばれる釈迦の最期を描いた物語です。入滅(にゅうめつ)(釈迦が亡くなること)の時、沙羅(さら)双樹(そうじゅ)の木の下に横たわる釈迦のもとに弟子や動物たちが大勢集まって、その死を悲しみました。足疾鬼(そくしつき)が釈迦を慕い集まった群衆に紛れ、釈迦がこと切れると、歯(()舎利(しゃり))を抜き取って奪ってしまいます。名前の通り足の速い鬼なので逃げるのはお手の物でしたが、伽藍(がらん)(寺院の建物)の守護神である韋駄天(いだてん)の厳しい追及により捕縛され、牙舎利は無事に取り返されました。このことから、韋駄天は足疾鬼に追いつくほど足の速い神と考えられるようになります。

 能では、舎利は舎利塔(しゃりとう)の作り物(舞台装置)の上に載っている宝珠(ほうじゅ)で表されます。足疾鬼が舎利を奪う場面には、舎利塔を使った能ならではの演出があります。また、逃げる足疾鬼と追う韋駄天の演技も見どころです。舎利塔を置いていた一畳台は、後半の攻防場面では天上世界に見立てられます。