能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 遊行柳 日本語
あらすじ
時宗の指導者である遊行上人(ワキ)は、つき従う僧たち(ワキツレ)とともに、念仏を広めるため日本全国を旅しています。
上総(千葉県)から北上し、東北地方への入り口である白河の関(福島県白河市)を過ぎた、夕暮れ時のことです。新しい広い道を通ろうとしていると、一人の老人(前シテ)がやってきて、上人たちを旧街道へと案内します。
川沿いを進む旧街道には、「朽木の柳」という名のある柳がありました。
その昔、西行(平安時代末期の有名な歌人)が立ち寄って「道の辺に清水流るる柳陰、しばしとてこそ立ちどまりつれ」という和歌を詠んだ、そんな言い伝えを老人は上人たちに話して、姿を消します。
里の男(アイ)と話をした上人は、老人が柳の精であったことを知り、念仏を唱えます。
上人が一眠りしている夢の中に、朽木の柳の精(後シテ)が現われます。
柳の精は、上人の念仏のおかげで、本来は仏となれない草木の自分まで成仏できることを喜びます。そして、柳をめぐる中国や日本の古典を取り上げながら、念仏に感謝する舞を舞います。
鶏の声が聞こえる夜明けの頃、柳の精は上人に別れを告げて静かに消え去ります。
見どころ
東国を旅した僧が書いた『廻国雑記』という紀行文には「朽木の柳」という場所が登場します。〈遊行柳〉のワキの遊行上人は、鎌倉新仏教として知られる時宗の総本山の清浄光寺(通称「遊行寺」、神奈川県藤沢市)の住職です。開祖の一遍の後継者として、念仏による阿弥陀仏の救いを示すお札を配る旅をしていました。遊行上人がワキとして登場する能には〈実盛〉もあります。東国にある「朽木の柳」、『新古今和歌集』の西行の和歌、遊行上人のワキという要素が組み合わさって〈遊行柳〉は作られました。
作者の観世信光は室町時代後期に活躍した能役者です。信光は〈紅葉狩〉などの華やかな能を多く作りましたが、晩年の作である〈遊行柳〉は静かな雰囲気の作品です。世阿弥の〈西行桜〉を意識しながらも、独特の味わいを出しています。
「朽木の柳」の精は、烏帽子・狩衣を着した白髪の老人の姿で現されます。静寂な趣のある風体です。一方で、柳の故事を語り舞う場面や「序ノ舞」、結末の舞など、柳の美しさを見せる場面も多くあります。落ち着いた静けさの中にも華麗な趣が求められる作品です。
小書(特別演出)の「青柳之舞」では柳の故事を語り舞う場面が省略される場合があり、「序ノ舞」が常よりも短くなります。「朽木留」では結末に精が作り物(舞台装置)の柳の生えた古塚に入り、余韻の残る終わり方です。