能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 鉄輪 日本語
あらすじ
貴船神社(京都市北部)の社人(神社で雑用をする者)が、都からやって来る丑刻参りの女に神の告げを伝えるようにとの夢を見ました。貴船神社に向かう女は、夫の心が自分から離れ、新しい妻をめとったことで激しい恨みを抱いています。社人は参詣する女に、家に帰り、赤い着物を着て顔に丹(赤い顔料)を塗り、頭に鉄輪(三本足の五徳)を被ること、さらに五徳の足に火を灯し、怒りの心を持てば、鬼になれるという神の告げを伝えます。告げを聞いた女は様子が変わり、髪が逆立ち、恨みの鬼となって去って行きました。
女の夫は最近夢見が悪いので、陰陽師の安倍晴明を頼ることにします。晴明は女の恨みを買っていると言い、今夜にも命が危ないと忠告します。夫の頼みで祈祷をすることになった晴明は、祈祷の祭壇を準備して神々に祈りを捧げます。
やがて暴風雨となって雷が落ち、地鳴りが響き、女の生霊が出現します。神の告げの通りに姿を変え、鬼となった女は、夫に恨みをぶつけ、新しい妻の命をとろうとし、夫をも取り殺そうとします。しかし晴明の呼び出した神々に責められ、力を失い、ひとまずは退散していきました。
見どころ
強い恨みの心によって、生きながら鬼となった女の激しい怒りを描いた能。嫉妬心から貴船神社に丑刻参り(午前1時から3時頃に神社に参り行う呪術。恨みの対象者に見立てた藁人形に釘を打ち込むなどする)をする女のことは、『平家物語』「剣の巻」に見えます。曲名でもある「鉄輪」は、生きながら鬼になるためのアイテムですが、本来は火鉢や囲炉裏などに鍋や鉄瓶等を置くための日常に欠かせない道具です。本来の使い方とは逆さにして足に火を灯し、頭に戴き、怒りの心で鬼となります。能〈鉄輪〉では、すでに社人の告げを聞いている時から女の様子が変化していきます。見どころの一つといえます。
後半では生霊と対立する役として、陰陽師(陰陽五行思想等に基づいて祈祷・儀式や暦の作成を行う)の安倍晴明が登場します。平安時代に実在した人物ですが、『今昔物語集』等の文学の世界では怨霊や物の怪を調伏(祈りによって退ける)したことで有名です。〈鉄輪〉には、調伏の祭壇を現した高棚が出されます。棚に置かれた烏帽子と鬘は、それぞれ男と新しい妻の形代(霊が依り憑くもの)です。女の生霊には、この形代が実際の男と妻に見え、これに向かって恨みと嫉妬心をぶつける演技をします。