能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 綾鼓 日本語

あらすじ

 筑前国(ちくぜんのくに)(福岡県)木の丸皇居に仕える庭掃(にわは)きの老人(前シテ)が、桂の池に出御した女御(にょうご)(ツレ)に一目惚れします。老人の思いを知った女御は、ふたたび姿を見せる条件を出します。それは、池のほとりの桂木(けいぼく)に掛けた鼓を打ち、その音を皇居まで届かせることでした。老人は懸命に鼓を打ちますが、いっこうに鳴りません。それもそのはず、鼓に張られていれたのは、皮ではなく(あや)(綾織の布地)だったのです。女御の姿をもう一度見ることが叶わないと悟った老人は、絶望のうちに池へ身を投げて自死します。

 老人が亡くなったと聞き、女御は池に(おもむ)きます。池の波音が鼓の音に聞こえると言い出す女御。(うつつ)ない様子の女御の目の前に、老人の怨霊(後シテ)が現れます。悪鬼(あっき)と化した老人は、女御に綾の鼓を打たせて、地獄の責め苦を味わわせます。女御への恨みは晴れることのないままに、老人の怨霊は池の中へと沈み消えるのでした。

見どころ

 恋の執念を描いた作品です。ただの恋ではなく、身分違いの、さらに老いらくの恋であるという点により、その執念はいっそう強いものとして描かれています。

 高貴な女性が()(もの)(もの)()に苦しめられるという筋書きの作品は、人気だったようです。世阿弥の能作書『三道(さんどう)』に「見風の便りある幽花の種、逢ひがたき風得なり」(見せ場となる面白さ・珍しさを生み出す(まれ)な素材)として「六条の御息所の葵の上に憑き祟り、夕顔の上の物の怪に取られ、浮舟の憑物など」が例にあげられています。本作の後半で、老人の怨霊が女御を責め立てる場面は、まさにこれに当たります。

 曲名の「綾鼓」は、皮ではなく綾(綾織の布地)が張られた、鳴ることのない鼓です。老人の叶わぬ恋の象徴である綾鼓は、舞台正面先に置かれる、桂の立ち木の(つく)(もの)(舞台装置)に掛けられています。

 女御としては、叶わぬ恋と(あきら)めてもらうための無理難題。しかし、老人の恋慕(れんぼ)は、思い続けるより忘れようと思うほうが辛い(「忘れんと思う心こそ忘れぬよりの思いなれ」)という、女御の想像を上回る一途で激しいものだったのです。その恋慕の裏返しが、後場の責めの激しさ、恨みの深さとなっています。