能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 龍田 日本語

あらすじ

 日本中の寺社に経典(きょうてん)を奉納する旅の途中、僧の一行(ワキ・ワキツレ)が南都(なんと)(奈良市)から(かわ)(ちの)(くに)(大阪府)へ行くことにします。その途中、龍田(たつた)明神(みょうじん)へ参詣するために(たつ)田川(たがわ)を渡ろうとすると一人の女(前シテ)が現れ、川を渡るなと言います。龍田川の川面(かわも)を流れる紅葉(もみじ)を乱してはならないというのです。今は霜降月(しもふりづき)(旧暦11月、現在の12月頃)、紅葉の季節は過ぎ、川も凍っているのだから渡ってもよいだろうと僧は反論しますが、紅葉が氷の中に閉じこめられているのだから、それを踏み破ってはならないと女は僧に注意します。龍田の自然は昔から多くの歌人によって歌に詠まれ、神の心を慰めてきたのだから、それに思いを()せず参詣するのは神の心をないがしろにすることだと、女は僧をたしなめます。

 女は龍田明神に仕える巫女(みこ)と名乗り、僧たちを境内へ案内し、冬になっても鮮やかに紅葉している神木の紅葉(もみじ)を見せます。僧が龍田明神に祈りを捧げると、女は自分こそが龍田(たつた)(ひめ)であると言い残し社殿の中に消えてしまいました。

 龍田の里に住む男(アイ)が僧に尋ねられるままに龍田明神の由緒を語り、龍田明神への祈りを続けるよう勧めます。僧たちが神前で夜通し祈りを捧げていると、龍田姫(たつたひめ)(後シテ)が姿を現します。龍田姫は龍田の紅葉を(たた)えて語り舞い、さらに「神楽(かぐら)」の舞を見せます。やがて夜明けと共に龍田姫は姿を隠しました。

見どころ

 奈良県生駒郡(いこまぐん)三郷町(さんごうちょう)に鎮座する龍田山の神、龍田姫は秋をもたらし木々を紅葉させる神として信仰されてきました。

 女の登場の場面、川面の紅葉を乱してはならないと、僧の渡河を止めるのはなんとも風流です。龍田明神に参詣するのですから、心なく川を渡ることを戒めています。

 後半では龍田姫が舞いながら龍田の自然を称えます。紅葉に限らず、龍田の自然は多くの歌に詠まれてきました。春の桜から冬の氷に閉ざされた紅葉までの龍田を、題材にした和歌を引用した美しい謡です。龍田姫の「神楽(かぐら)」は、序盤は厳粛な雰囲気で始まり、「神楽」独特の旋律とリズムで演奏され、途中からテンポの速い舞に変わります(最後まで「神楽」の演奏で通す演出もあります)。

 〈龍田〉では女が着る唐織(からおり)や龍田姫が着る舞衣に、紅葉を表す赤色の入ったものや金糸で紅葉の柄を織り出したものを用いることもあります。また龍田姫の冠には通常月と太陽を模した金具を飾りますが、カエデの葉を飾る演出もあります。

 龍田姫の謡に「御代(みよ)を守りの、御矛(みほこ)を守護し」という言葉が出てきますが、この能が作られた室町時代には龍田明神は「(あま)逆矛(さかほこ)(イザナギ・イザナミの国生み神話に登場する矛)」を守護すると信じられていました。