能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 熊坂 日本語

あらすじ

 諸国を放浪する旅の僧(ワキ)が、京都から東国へ向かう途中、美濃国青野ヶ原(あおのがはら)(岐阜県大垣市)を通りかかると、そこへ正体不明の僧(前シテ)が現れ、死者の弔いをしてほしいと頼まれます。旅僧は僧の住む庵まで案内され、中に入るとその異様さに気づきます。壁一面に武器が立て掛けてあるのです。不審に思い尋ねると、このあたりに出没する盗賊をこれで撃退するのだと説明します。

 僧が旅僧に休むよう言うやいなや、庵は跡形もなく消えて、気づけば旅僧は草原の中の松の木陰に座っていたのでした。旅僧は幻を見せられていたのです。

 旅僧が呆然としているところへ青野ヶ原の里人(アイ)が現れます。里人は、昔この地で(かね)()(きち)()牛若(うしわか)(のちの源義経)が泊まっている宿に盗賊の熊坂長範(くまさかちょうはん)一味が押し入り、牛若に討たれたことを物語ります。里人は旅僧に、熊坂の弔いをするよう勧めて帰ります。

 夜も更け、風が吹きすさぶ中、松の木陰で旅僧が弔っていると、熊坂長範の亡霊(後シテ)が現れ、吉次たちの宿に押し入り牛若と死闘を繰り広げたことを、長刀をふるいながら語ります。

 やがて夜明けが訪れます。熊坂の亡霊は、旅僧に自身の供養を頼むと、姿を消してしまいました。

見どころ

 能には「静」の面と「動」の面があり、「松風」や「井筒」などの優美な曲が「静」の面を代表しているとすれば、この「熊坂」は、速さ、強さといった「動」の面を代表する曲だといえます。

 前シテは「直面(ひためん)」といって能面を着けずに演じます。シテとワキが同じ僧の扮装をしているのも珍しい光景です。

 後シテの熊坂には「長霊(ちょうれい)べし見」という目を見開き口を一文字に結んだ、力感を湛えつつもどことなく愛嬌のある能面を用います。

 この曲の眼目は何といっても熊坂の長刀(なぎなた)をふるっての語りであり、所作の大きさ、長刀さばきの鮮やかさが見どころとなります。

 語りの中では、自らの強さを誇って「宙に掴んで微塵(みじん)になし」と鬼をつかんで投げ飛ばす所作や、「折妻戸(おりつまど)を小楯に取って」と長刀を背に隠し、開き戸を楯にして牛若を(うかが)う所作が印象的です。

 そして語り終り、僧に弔いを頼んで静かに消えていくところは、それまで縦横無尽(じゅうおうむじん)に動き回っていた分、かえって哀れさを感じさせます。

 「熊坂」と同じ題材の曲に「烏帽子折(えぼしおり)」がありますが、こちらは「現在能(げんざいのう)」といって、熊坂も牛若も生きている人間として舞台に登場し(盗賊一味も大勢登場します)、芝居のチャンバラのように戦います。