能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 葛城 日本語
あらすじ
出羽の国(山形県)羽黒山の山伏(ワキ)が、葛城山(奈良県と大阪府の境)にある葛城明神へ参詣を思い立ちます。山伏は仲間の山伏(ワキツレ)と共に、葛城の山道を急ぎますが、途中で雪が降ってきたので途方に暮れてしまいます。そこへ女(前シテ)が現れて声を掛け、庵に案内します。女は庵で小枝を結い束ねた楚樹を解き、その枝で火を焚きます。そして楚樹を束ねる葛に葛城山の名を事寄せて、「楚樹結ふ葛城山に降る雪は間なく時なく思ほゆるかな」と詠んだ歌があることと、この歌は「大和舞の歌」ということを教え、女は山伏をもてなします。山伏が夜の祈祷を始めると女は、自分は葛城の神であると明かし、苦しみを取り除いてほしいと頼みます。神は昔、役行者(修験道の開祖)に山と山の間に岩橋を架けるように命じられるも、昼間は自分の姿が顕わになるのを恥じて、夜しか働かなかったので、橋は完成せず、その罰として、役行者の法力によって身を縛られたことを訴え、消え失せてしまいました。
里の男(アイ)が山伏と出会い、葛城の神と岩橋の話を語ります。話を聞いた山伏が祈祷をすると、女神の葛城の神(後シテ)が縛めの蔦葛に這い纏われた姿を見せます。女神は神代の昔、天の岩戸の前で舞われた神楽舞に思いを寄せて、大和舞を舞い始めます。やがて夜の明けぬうちに、岩戸の中へと入って行ったのでした。
見どころ
前半の見どころは、女の優しさと悲しさがにじみ出るような謡や、火を焚く場面での謡に合わせた舞。後半は、雪と月光の真っ白な世界で舞われる葛城の神の舞です。
葛城の神は、『古事記』『日本書紀』では一言主と呼ばれる男の神として描かれます。能では主人公の性別を、仏教で救われ難いとされた女性に設定しました。深い山に一人住み、山伏を親切に助ける優しさと、自らの容貌を恥じる繊細な心を持つ女神の性格が見えてきます。結末の雪と月影の白さの描写からは清らかな神聖さも感じられます。
前半と後半の場面をつなぐテーマは、古き「大和舞の歌」です。この歌は、『古今和歌集』に収められ、天照大神が天の岩戸に籠った時に、神たちが詠った歌であると伝えられてきました。また、中世には高天原や天の岩戸といった神の世界が、葛城山にあるとも信じられていました。能の葛城の女神は、天鈿女をはじめ多くの神々が岩戸の前で天照大神のために舞った、神遊びの舞を山伏に見せるのです。
女神の舞に小書(特別演出)がつくことがあります。通常では「序ノ舞」という舞ですが、神に捧げるような雰囲気の舞「神楽」に変わることがあります。天の岩戸の前での舞を強調する演出です。常は用いられない、色づいた葛が掛かった雪山の作り物(舞台装置)が使用されたり、冠に蔦が付くこともあります。