能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 土蜘蛛 日本語
あらすじ
武勇に優れた武将、源頼光(ツレ)が病に伏せっています。頼光の家臣(トモ)が見まもるところへ、侍女の胡蝶(ツレ)がやって来ます。胡蝶は頼光を懸命に看病しますが、頼光は快復しません。
夜、頼光のもとを怪しい僧(前シテ)が訪れます。僧は蜘蛛の糸を吐き出し、頼光に襲いかかります。頼光はとっさに枕元の太刀「膝丸」で斬りつけますが、僧は消え失せてしまいました。
この騒ぎを聞き、頼光の家臣、独武者(ワキ)が頼光のもとへ急ぎます。頼光は、先ほど怪しい法師が七尺(約2m)もの蜘蛛と変じて、糸を吐き出したと語り、その時に「膝丸」で蜘蛛を斬りつけたので、今後はその太刀を「蜘蛛切」と呼ぶことに決めます。辺りには、おびただしい血の痕跡がありました。この跡を追って、独武者たちは土蜘蛛の精の退治に向かうことにします。
独武者に仕える従者(アイ)が現れ、頼光が土蜘蛛に襲われた経緯と、独武者が土蜘蛛の退治に向かうことを話します。やがて独武者が大勢の家臣(ワキツレ)を引き連れ、土蜘蛛の精の塚に押し寄せます。塚を崩すと、中から大きな土蜘蛛の精(後シテ)が出現。独武者たちは太刀を振りかざし、土蜘蛛の精は千筋の糸を吐き出し激しく戦います。しかしついに土蜘蛛は倒されてしまいました。
見どころ
頼光と法師の対決と、独武者たちと土蜘蛛の精の戦いが見どころです。土蜘蛛の精が投げる蜘蛛の巣にご注目ください。蜘蛛の生物学的な特徴をうまく表現しています。紙の糸を投げる演出は、近世の初めにはすでになされていましたが、現在のような本物の蜘蛛の糸にも見える、細く大量の糸を繰り出す演出は、明治時代に金剛流で考え出されたといわれます。
蜘蛛の習性(ふるまい)を詠った有名な歌には「我が背子が来べき宵なりささがにの、蜘蛛のふるまひかねて著しも」があります。これは、恋しい夫の訪れが確実であることを、蜘蛛が順序立って巣を張る習性になぞらえて詠んだ恋の歌です。蜘蛛には人の訪れを予知する力があると信じられていたようです。それゆえ能〈土蜘蛛〉では、怪しい僧の正体が蜘蛛の化け物であることをほのめかすために、この歌が引用されています。
日本では中世になると、蜘蛛の妖怪のイメージが広まってきます。絵巻「土蜘蛛草紙」には、頼光があばら家で次々と化け物に遭遇し、最後に大きな蜘蛛の妖怪を退治するという、能とは少し異なる話も描かれています。
『日本書紀』には「土蜘蛛」と呼ばれる、大和朝廷に攻め滅ぼされた一族が登場します。彼らは「身短くして手足長し。侏儒と相類たり」と記されます。征服された人々であったために、大和朝廷が卑しんで「土蜘蛛」と呼んだのでしょう。能では後半の土蜘蛛の出現を「土蜘蛛の精魂」が現れたと表現します。たしかに一体の妖怪ですが、遠い昔に殺された、土蜘蛛と呼ばれた人々の魂がよみがえったとも思われます。勇猛な武者による妖怪退治の話にも、背後には深い思いがこめられているのかもしれません。