能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 橋弁慶 日本語

あらすじ

 武蔵坊(むさしぼう)弁慶(べんけい)(前シテ)が供の者(トモ)を従えて、五条の天神(京都市下京区の五条天神社)へ(うし)(こく)参りをしようとします。すると、従者が、最近五条橋に十二・三歳の少年が出没し、人を斬って回るという噂を聞いたため、今夜の参詣を思い留まるように進言します。弁慶は、一度は参詣をやめようとしますが、自分がその少年を退治してやろうと思い直し、五条橋へ向かうことにします。

 そこへ、一人の都の者(オモアイ)が五条橋で少年に斬られたといって逃げてきます。それを聞いた通行人(アドアイ)が、「牛若丸(うしわかまる)千人斬(せんにんぎ)り」であろうと言い、臆病な都の者をからかいます。やがて、その牛若丸がこちらに来ると言って、二人は騒いで去ってゆきます。

 一方、少年・牛若丸(子方)は武術に明け暮れて過ごす日々。母・常盤(ときわ)御前(ごぜん)にたしなめられて、翌朝鞍馬寺(くらまでら)へ戻ることを約束しました。今日は、最後の夜。千人斬りもこれが限りと、五条橋で女人の小袖(こそで)を被り通行人を待ち受けています。そこへ、武装して大長刀(おおなぎなた)をかついだ弁慶(後シテ)が現れます。牛若丸は弁慶の刀の柄先を、蹴り上げて挑発し、二人は激しい斬り合いを繰り広げますが、牛若丸は弁慶の攻撃を華麗な動きでかわします。牛若丸の超人的な強さに、ついに弁慶は降参します。その後、弁慶は牛若丸の正体を聞き、自ら牛若丸の家来になりたいと申し出ます。固く主従(しゅじゅう)(ちぎ)りを結び、弁慶は牛若丸に付き従って帰ってゆくのでした。

見どころ

 本曲は、有名な牛若丸(源義経(みなもとのよしつね)の幼名)と弁慶の出会いを扱った作品です。能には『安宅(あたか)』『船弁慶(ふなべんけい)』など、二人が登場する曲がありますが、その中でも一番最初の出来事を描いたものです。『義経記(ぎけいき)』のように、毎夜(よごと)人を斬っていたのは弁慶の仕業(しわざ)であるという物語が多い中で、この千人斬りを牛若丸の仕業であるとしているところに本曲の特徴があります。

 源義経は、源義朝(みなもとのよしとも)常盤(ときわ)御前(ごぜん)との間に生まれました。平治の乱で父義朝が亡くなったあと、牛若丸は鞍馬山(くらまやま)に送られて仏門に入れられました。しかし、牛若丸は仏道の修行をせずに、父の敵討ちのため武道に励んだといわれています。対する荒法師・弁慶は、幼名を鬼若丸(おにわかまる)といい、武蔵坊と称して比叡山(ひえいざん)西塔(さいとう)に住んでいましたが、後に義経の従者となって数々の勲功をたてた人物です。衣川(ころもがわ)の合戦で立ったまま最期を遂げたという話は、あまりにも有名です。

 一番の見どころは、後半の牛若丸と弁慶による斬り合いの場面です。黒い(よろい)を身に着けて大長刀(おおなぎなた)を振り回す弁慶と、蝶や鳥のごとく軽やかに跳ぶ美少年の牛若丸。大人を翻弄(ほんろう)し華麗に動き回る牛若丸の姿には、爽やかな気品も感じられ、思わず引き込まれてしまいます。

 五条橋で出会った牛若丸と弁慶の物語を、どうぞお楽しみください。