能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 氷室 日本語
あらすじ
亀山院(鎌倉時代の天皇)の臣下(ワキ)が従者たち(ワキツレ)を連れて、丹後国(現京都府北部)九世の戸から、若狭路を通りながら都へ帰る途中、氷室山に立ち寄ります。そこで、毎年帝に献上する氷を作り、氷室を守る老翁(前シテ)と男(前ツレ)と出会います。臣下に尋ねられるまま、老翁は、氷室の謂われや、朝廷に氷を献上するようになった由来を語ります。そして、夏でも山の氷が融けないのは天皇の威光があるからだと語ると、今宵、氷調の祭(氷を朝廷に捧げるための祭)を見せようと言い、氷室の中へ姿を消します。
氷室明神の社人たち(アイ)が現れ、臣下たちに氷室の由来を語り、雪が降るように雪乞いをします。降り積もる雪を転がして大きな雪玉をつくるなど、戯れる様子を見せます。
夜、天女(後ツレ)が現れて優美な舞を舞います。次に、氷室明神(後シテ)が氷室のなかから氷を持って現れます。あたりは雪が吹き、山が凍てつく氷の世界。氷室明神は、天皇に献上する氷を融かさぬように陽光を遮り、冷水を注ぎ、清風を吹かせます。そして早く都に届くよう見守るのでした。
見どころ
『氷室』は夏にふさわしい作品です。夏に天皇へ捧げられる氷が清涼感を感じさせてくれます。
氷室とは真冬にできた氷を夏まで貯蔵しておく室のことです。現代のように冷凍庫がなかった時代、氷を手に入れるには、池に張った氷を切り出すのが一般的で、山陰に穴を掘り、茅を敷きつめて保存しました。その氷を6月に朝廷へ献上したのです。本曲の前場では、老翁はエブリ(雪かきの道具)で雪をかき集め、氷を作る所作を見せます。
『枕草子』には、清少納言が「削り氷(かき氷)」を「あまずら(平安時代の甘味料)」をかけて食べたという記述があり、当時の人々にとって貴重品だったことが窺えます。
本曲の舞台である氷室山は、現在の京都府南丹市八木町の山と考えられており、中世には、氷供御人(氷の貢納人)が居住して、朝廷へ献上していたようです。
後場は、天女による優美な「天女ノ舞」や氷室明神の勇壮な動きを見せる「舞働」など、見どころの連続です。2人の神の対照的な舞が舞台を盛り上げます。「氷室」は、夏でも融けない氷の有難さと氷室明神による氷への祝福が、治世への賛美と結びつけられています。氷が貴重品だった時代、都の人々は氷を楽しみながら平和な世と神への感謝を感じていたのかもしれません。