能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 玉鬘／玉葛 日本語
あらすじ
奈良の都の寺社をめぐった旅の僧（ワキ）が初瀬寺（長谷寺の古称。奈良県桜井市初瀬）へ向かうと、一人の女（前シテ）が小舟に乗って初瀬川を上って来ます。
初瀬寺参詣に来たという女は、初瀬の景色を眺め、僧と連れ立って二本の杉にやって来ます。女は『源氏物語』の中で右近（玉鬘の母・夕顔の侍女）が詠んだ「二本の杉の立ち所を尋ねずは、古川野辺に君を見ましや（もし二本の杉を訪れなければ、古川野辺であなたと逢いはしなかったでしょう）」の和歌について教え、玉鬘の物語を語り始めます。
母の夕顔と幼くして死別して、都を離れ筑紫（九州）で暮らすことになった玉鬘。土地の有力者・大夫監の強引な求婚から逃れて都に戻り、初瀬で右近と再会したことを語り終えた女は、玉鬘の供養を僧に頼みます。そして、自分こそ玉鬘だと言い掛けて、姿を消します。
初瀬寺門前の者（アイ）が参詣にやって来ます。僧に求められ、初瀬寺門前の者は玉鬘の物語を語ります。玉鬘の霊の供養を勧めて立ち去ります。
僧が弔いを始めると、恋の妄執によって狂乱した玉鬘の霊（後シテ）が姿を現します。払っても払い切れない執心に苦しむ様子です。現世の恋を振り返り、自身の罪を懺悔した玉鬘の霊は、悟りを得て、迷いから解き放たれることができたのです。そして、僧も夢から覚めたのでした。
見どころ
〈玉鬘〉は『源氏物語』の玉鬘物語（「玉鬘」「胡蝶」「蛍」「真木柱」巻など）に取材して、玉鬘の数奇な運命と恋の妄執を描き出した作品です。
玉鬘は、頭中将（左大臣の息子・葵上の兄）と夕顔の間にできた女君です。その美貌ゆえに、多くの男性の心を動かした女性として『源氏物語』に描かれています。
母・夕顔と幼くして死別し筑紫で暮らし、美しく成長した玉鬘は、大夫監から強引に求婚され九州を脱出します。右近と再会を果たし、都で光源氏に引き取られた後も、美しい玉鬘の噂は広まり、多くの貴公子たちからの恋文が届きます。源氏自身もまた、夕顔の忘れ形見である玉鬘に心引かれるのです。『源氏物語』の玉鬘は、恋を謳歌するというより、むしろ恋に困惑する女性として描かれています。
たくさんの恋愛遍歴ゆえ死後もその妄執に苦しむ能の玉鬘像は、作者・金春禅竹ならではの解釈によって作られたと言えます。小袖の右肩を脱いで登場する玉鬘の霊（後シテ）の出立は、過去の恋に狂い乱れる様子を表しています。前半の里の女（前シテ）のしとやかな印象との対比に注目です。また、詞章には玉鬘の名前から連想される「九十九髪」（老婆の白髪）、「黒髪」、「寝乱れ髪」といった女性の髪にまつわる語がちりばめられています。垂らした鬢（顔の側面の髪）を用いる所作も見どころの一つです。『源氏物語』の玉鬘像とは一味違う能の玉鬘をお楽しみください。