能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 張良 日本語

あらすじ

 漢の高祖(こうそ)の臣下・(ちょう)(りょう)は、ある時不思議な夢を見ます。それは次のようなものでした。

 張良が下邳(かひ)(中国江蘇(こうそ)邳州(ひしゅう)の古名)の土橋で休んでいると、馬に乗った老人が現れます。落とした(くつ)()かせろと言う老人に、張良は憤慨しながらも思い直して沓を履かせます。老人は張良を褒め、五日後にこの場所を訪れれば兵法の奥義を授けようと言います。張良はそこで夢から覚めました。

 五日後になり、張良は下邳(かひ)に向かうことにします。張良が到着すると、老人は先に来ていました。老人は張良が遅く来たことを(とが)め、「再び五日後に来い。決して遅れるな」といって姿を消します。老人が自分を試していることに気づき、また来ようと張良は決意します。

 さらに五日後。張良が、今度は夜明け前に行くと、老人が威厳のある姿で現れ、自分は黄石(こうせき)(こう)だと名のります。張良が早く来たことを褒めますが、もう一度その心を試そうと、履いていた沓を川へ落とします。張良は飛び降りて拾おうとしますが、川の流れが早く取れません。そこへ龍神が現れて沓を拾い、張良へ飛びかかってきますが、張良は剣を抜いて立ち向かいます。そして沓を奪うと、黄石公に履かせます。その働きを見て、龍神は張良の守護神になり、黄石公は秘伝の兵法の奥義を張良に与えます。そして、龍神は雲の彼方へ去り、黄石公は遙か彼方の山に登ると、光を放ちながら黄色い石の姿となったのでした。

見どころ

 能は、通常、シテ(主役)の見せ場が多いのですが、〈張良〉はワキ(シテの相手役を勤めることが多い役種)がシテよりも活躍する作品です。そのため、ワキの大曲(たいきょく)とされ、様々な口伝(くでん)が伝えられています。

 〈張良〉は張良と黄石公の故事を舞台化した作品です。張良が黄石公と出会い、兵法の奥義を授けられたことは、『史記』などでもよく知られています。張良はその後、劉邦(りゅうほう)(漢の高祖)と出会い、軍師として仕えます。劉邦は秦を滅ぼした後、中国を統一しましたが、劉邦を大きく支えたのは張良でした。

 本作品の見せ場は、後場の(くつ)をめぐるやり取りです。

 黄石公が沓を落とす場面では、後見(こうけん)(演者の補助役)が後ろから沓を投げます。その時、張良は激流の川に落ちた沓を取ろうとする写実的な所作をします。沓が落ちた位置により臨機応変に演技を変えなければならず、ワキの力量が求められます。

 作者は室町後期の能作者・観世(かんぜ)信光(のぶみつ)です。信光は華やかな見せ場のある能を作ることを得意としていました。〈張良〉も、黄石公の独特な装束や龍神の登場、沓を用いた見せ場などがあり、信光らしい作品となっています。