能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 楊貴妃 日本語

あらすじ

 中国 唐の時代。若い頃は名君の誉れ高かった玄宗(げんそう)皇帝は、やがて後宮に入った楊貴妃(ようきひ)の美貌の(とりこ)となり、次第に政治を顧みなくなってゆきました。それに乗じて楊貴妃の親族たちは政治に深く介入しはじめ、また悪臣の安禄山(あんろくざん)らは反乱の烽火(のろし)を上げ(安史(あんし)の乱)、唐王朝は混乱と衰退への道を突き進んでゆきます。そんな中、楊貴妃を糾弾する臣下たちの声に(あらが)いきれず、玄宗はついに馬嵬(ばかい)の地で、泣く泣く楊貴妃の殺害を容認してしまいました。

 本作の物語は、そんな玄宗と楊貴妃との悲劇的な別れの直後から始まります。楊貴妃の不在を嘆いた玄宗は、幻術の使い手である(ほう)(し(じ))(ワキ)に対し、せめて楊貴妃の魂の行方を知りたいと命じます。命を受けた方士が中国の東海に浮かぶという神仙境・蓬萊(ほうらい)の島に辿(たど)り着くと、その島の宮殿の中に、楊貴妃の魂(シテ)はいました。方士から玄宗の言葉を伝えられた楊貴妃は嘆きを深め、形見として(かんざし)と、かつて玄宗と交わした愛の言葉を伝えます。

 去ってゆこうとする方士を楊貴妃は呼びとめ、かつて玄宗の前で舞った「霓裳羽衣(げいしょううい)の曲」を見せようと告げます。玄宗との死別を嘆き、愛の言葉を交わした七夕(たなばた)の夜の記憶を胸に、ゆったりと思い出の舞を舞う楊貴妃。やがてその舞も終わり、去ってゆく方士の後ろ姿を、楊貴妃は静かに見送るのでした。

見どころ

 本作は、玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋をめぐる物語です。この物語を描いた有名な作品に、唐時代の詩人・白居易(はくきょい)の書いた『長恨歌(ちょうごんか)』があります。この『長恨歌』は、『源氏物語』をはじめとする日本の様々な文学作品にも多大な影響を与えるなど、中国のみならず日本でもきわめて愛好されていた物語でした。本作は、この『長恨歌』のストーリーをほぼそのままに舞台化した作品となっています。

 本作が『長恨歌』と異なるところは、楊貴妃が方士の前で「霓裳羽衣(げいしょううい)の曲」を舞って見せるという点にあります。すなわち『長恨歌』では、楊貴妃が玄宗との間に交わした愛の言葉を方士に明かすという場面で終わり、その二人の契りの余韻によって作品が締めくくられるのに対し、本作では、それを聞いて帰ろうとする方士を楊貴妃が呼び戻し、玄宗との思い出の詰まった「霓裳羽衣の曲」の舞を見せる、という展開となっているのです。

 この「霓裳羽衣の曲」は、玄宗皇帝が仙人に連れられて月宮へ昇った折に天人たちが舞っていた舞で、それを覚えて帰った玄宗が楊貴妃に教えて舞わせたのだと伝えられています。本作は「霓裳羽衣の曲」を玄宗への追憶の舞として描き出している点に特色があります。そんな舞に込められた楊貴妃の思いと美しい姿が見どころです。

 小書(特別演出)としては、作り物(舞台装置)の小宮の周りに能装束の鬘帯(かずらおび)を垂らして、華麗さを強調する「玉簾(たますだれ)」や、結末での楊貴妃の孤独を印象づける「臺留(うてなどめ)」の演出があります。「臺留」では楊貴妃が小宮の中に留まって終ります。