能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 三山 日本語
あらすじ
大原の里(現在の京都市大原)に棲む良忍上人(ワキ)は融通念仏を普及させるため、大和国(現在の奈良県)を訪れます。上人は、所の者(アイ)にこの地の名所・三山を尋ねると、所の者は天の香久山・畝傍山・耳成山を指して「三山」と称するのだと教えます。
上人の前に、里の女(前シテ)が現れます。女は、『万葉集』では天の香久山が夫、畝傍・耳成山が妻に喩えられる由来を語り始めます。昔、天の香久山に住む柏手公成が、畝傍山の桜子・耳成山の桂子という二人の美女を寵愛していました。やがて公成は桜子のみに心をかけるようになり、それを恨んだ桂子は耳成山の池に入水してしまいました。里の女は、上人に自分の名を融通念仏の名帳(信者の名前を記した帳面)に入れてほしいと願い、自分が桂子だと明かすと、耳成山の池底に姿を消します。
所の者が再び現れ、上人に三山の物語を語ると、桂子を弔うように頼みます。
夜、回向をする上人の前に桜子の亡霊(ツレ)が現れ、我が身を祟る桂子の恨みを解いてほしいと頼みます。そこへ桂子の亡霊(後シテ)が現れ、桜子を責めたてます。恨みを晴らした桂子は、桜子とともに上人に弔いを求め、姿を消すのでした。
見どころ
「三山」は『万葉集』を典拠とした作品です。神々の世から三山が争っていたことを詠んだ天智天皇の歌を軸に、桜子をめぐって二人の男が争った伝説と、三人の男に求婚されて耳成池に入水した桂子の伝説をとりまぜて、柏手公成・桜子・桂子の三人の恋愛物語に仕立て直されています。
天の香久山・畝傍山・耳成山は大和三山とも言われ、藤原京(694~710年)のあった奈良県飛鳥付近を囲むように位置しています。とくに天の香久山は神が天上から降りてきた山として、古代より神聖視されてきました。里の女が三山の位置を教える前場では、三山をめぐる奈良ののどかな風景が舞台全体に立ちあがってきます。
後場は、桂子が嫉妬に狂う「カケリ」や、桜子と桂子が枝で打ち合う「後妻打ち」などが見どころです。後妻打ちとは、前妻が後妻を打ちすえる民間習俗です。室町時代から江戸時代にかけては、前妻が親族・友人などを集め、皆で後妻の家を襲うことが行われました。本作品では、桂子の桂の枝と桜子の桜の枝で打ち合う型を見せ、後妻打ちを表します。ただし、二人の女の憎悪・嫉妬が全面に出されるのではなく、詞章に花・雪といった華麗な詞に彩られているのが特徴です。