能のあらすじ・見どころ Summary and Highlights of Noh 車僧 日本語

あらすじ

 ある雪の日、車僧(ワキ)が嵯峨野を訪れます。自らの法力によって牛の引かない車を自在に動かし乗りこなすことから、車僧と呼ばれます。するとそこで山伏姿の天狗(前シテ)に呼び止められます。天狗は車僧に問答を挑みますが、悟りの道を一心に精進する車僧は、天狗にまったく動じません。山伏姿の天狗は愛宕山に住む太郎坊だと明かし、黒雲に乗って消え去りました。

 溝越天狗(アイ)と呼ばれる天狗が現われ、自らも車僧を迷いの道へと誘い込もうとしてみせますが、車僧はやはり動じません。誘惑に失敗した溝越天狗は、太郎坊を呼んで来ようといい、去って行きます。

 舞台は愛宕山へ移ります。雪の降り積もる愛宕山に、太郎坊(後シテ)が真の姿で現れます。この雪では車を動かすことはできないだろうと、やって来た車僧を挑発し、行力くらべを挑みます。しかし車僧は挑発に乗らず、ひたすら愛宕山の雪景色に眺め入ります。車を動かせない太郎坊を見かね、車僧は手に持つ払子(ほっす)(くう)を打つと、不思議なことに車はひとりでに動き出しました。太郎坊は恐れおののき、ついに車僧を惑わすことをやめ、去って行きました。

見どころ

 車僧という僧は、能以前の文献には見当たらないようです。逆に能〈車僧〉が元になって、御伽草子(おとぎぞうし)などで車僧の物語が語られるようになります。中世には禅宗の影響を受けた僧姿の芸能者が各地を廻って活動しており、彼らの姿が能の車僧の背後にあると指摘されています。

 太郎坊は車僧を挑発して慢心を生じさせようと、「車」にちなむ言葉を用いて鋭く問い詰めていきます。しかし車僧は動じず、落ち着いて問答を切り返します。このような二人のやりとりには禅問答のような趣もあり、言葉をたたみかけていく面白さがあります。車の作り物(舞台装置)に座り堂々とした品格のある車僧と、山伏姿で威嚇(いかく)する天狗の対比をお楽しみください。前半の緊張感に満ちた言葉の戦いから一転して、間狂言の溝越天狗(アイ)の場面は雰囲気が変わります。溝越天狗は車僧をなんとか笑わせて、その法力を失わせようとします。

そして後半、太郎坊は車僧の「車」を動かそうと挑みます。しかし車を動かせるのは車僧だけです。車僧の持つ払子(ほっす)(獣毛や麻などを束ねて柄を付けた法具)は、舞台上では扇で代用されますが、扇を上げて後ろへ倒すことで車が動くことを表現します。また、太郎坊が舞台を回ることで、車が空を飛んでいることを示します。作リ物の車は実際には動きませんが、力強い謡や所作の工夫といった能ならではの表現に注目できる場面です。空を自由自在に飛ぶ車と、辺りを飛び回る天狗という光景を想像できるのではないでしょうか。